USS Washington (BB-56)とは? わかりやすく解説

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ワシントン (BB-56)

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/21 21:08 UTC 版)

ワシントン (USS Washington, BB-56) は[2]アメリカ海軍戦艦[3]ノースカロライナ級戦艦の2番艦[注釈 1]。 艦名はワシントン州にちなむ。その名を持つ艦としては9隻目[5][注釈 2]。愛称はマイティW (Mighty W)。ワシントンは太平洋戦争を通じ日本海軍の攻撃で乗組員を失わなかった武運の強い艦である。一方、イギリス派遣時には司令官が転落死し、1944年(昭和19年)2月1日には戦艦インディアナの右舷三番砲塔付近に衝突し、衝突事故を起こして本国修理に1か月を要した。この際は数人の水兵が死亡している。


  1. ^ ノース・カロライナ級[4](たゞ舊式戰艦群最大の弱點は、航續力、装甲、搭載砲に不均衡な比重を置いゐる結果、何れも速力が遅いことである。殊に飛行機が決定的要素となってゐる現在、速力の小さい主力艦を旗艦とする艦隊の行動は、殆ど何等の効果をも擧げ得ないものと見るべきだ。)以上の缺陥に鑑み、米海軍當局がイギリスのキング・ジョージ五世級を凌駕する世界の最新鋭艦として一九三七年から三九年にかけて起工したのが次のノース・カロライナ級六隻であった。
    ノース・カロライナ 一九四一年に就役|ワシントン 〃 〃|サウス・ダコタ 一九四二年に就役|マサチュセッツ 〃 〃|アラバマ 〃 〃|インディアナ 〃 〃
    ノース・カロライナ級の性能については、ニューヨーク・タイムス紙の軍事記者として有名なハンソン・ボールドウィン氏がその著書「アメリカ市民は米海軍に關し何を知ってゐるべきか?」("What the Citizen should know About the Naby"1941,New York)の中で述べてゐる部分を次に引用しよう。
    「ノース・カロライナの排水量は通常の標準積載量を含めて三萬五千トン、燃料、弾薬等を滿載すれば三萬八千トン乃至それ以上とならう。艦幅は百八パナマ運河の閘門通過の際は兩側になほ一呎宛の餘裕を殘すわけである。吃水は卅呎以上である。/主砲は四〇糎四十五口徑砲九門である("口徑"は艦砲に用ひられる場合には、砲の直徑で表した砲身の長さである、即ち、この場合は砲身の長さは四十糎の四十五倍即ち十八米である)。この九門の砲は前部二基、後部に一基の三聯装砲塔におさめられてゐる。各砲の重さは百廿五トン、各砲塔のそれは砲重を含めて六百五十トンである。/副砲は一二.七糎砲廿門、二聯装砲塔十基におさめられ、對空火器にも兼用される。/同艦は數個の装甲デッキを有し、舷側の装甲は最重要部分において少くとも十六の厚さとなってゐる。また吃水線下には三重の防壁を有してゐる。/主砲の彈着距離十五乃至十八哩、一分間に各砲とも二發宛を發射し得る。/ノース・カロライナ級の最も優秀な點は速力である。即ち米戰艦群の速力が何れも廿二ノット以下であるのに對し、同艦は廿七ノットであって、實際は新型高壓汽罐の装置により卅ノットに達してゐるものと思はれる。/建造費はメリーランド級の二千七百萬ドルに對し六千五百萬ドルを要してゐる。」
  2. ^ 8代目はコロラド級戦艦ワシントン (Washington, BB-47) で、ワシントン海軍軍縮条約により標的艦となって沈没した[6]
  3. ^ 第二艦隊司令長官近藤信竹中将(旗艦「愛宕」)が指揮する前進部隊[19]。飛行場砲撃隊[20](重巡愛宕〈第二艦隊旗艦〉、高雄、戦艦霧島〈艦長岩淵三次大佐〉、駆逐艦朝雲〈第四水雷戦隊旗艦〉、照月)、前衛(軽巡長良〈第十戦隊旗艦〉、駆逐艦初雪白雪五月雨)、掃討隊(軽巡川内〈第三水雷戦隊旗艦〉、駆逐艦浦波敷波綾波[21]
  4. ^ 先行してブルックリン海軍工廠で建造されていたネームシップノースカロライナより、12日はやい進水であった[26]
  5. ^ さて現有兵力の内、主力艦十五隻四十六萬四千トンは、一九四一年五、六月頃には、十七隻五十三萬四千トンとなる。殊に、新造主力艦ワシントン、ノース・カロライナ兩艦(三萬五千トン、主砲十六インチ砲九門)は、米海軍造船技術の粹を集めたもので米海軍兵力に威力を加へることになる。新主力艦ワシントン號は太平洋艦隊の旗艦になると豫想されてゐる[30](以下略)
  6. ^ 3月上旬にティルピッツが出撃した時には[40]PQ12船団などがティルピッツと遭遇する危険に晒された[41]。空母ヴィクトリアス (HMS Victorious, R38) のアルバコアがティルピッツを雷撃したが[42]、戦果なく撃退されている[43]
  7. ^ 積荷をおろしてムルマンスクからアイスランドへ戻るQP-11船団も北極海を行動していた[48]
  8. ^ 英軽巡エディンバラは5月2日に自沈したが、最後の砲撃戦でドイツ駆逐艦ヘルマン・シェーマン (Z 7 Hermann Schoemann) に致命傷を与え、道連れにした[49]
  9. ^ レッセルシュプルングとは、チェスにおけるナイト桂馬)の働きのこと[36][59]
  10. ^ 姉妹艦リュツォウ (Lützow) は座礁してトロンドヘイムに帰投した[61]
  11. ^ ソ連向け援助船団は、9月初旬のPQ18船団から再開された[69]。続いて12月中旬にJW-51A船団が運航されて成功し、12月下旬のJW-51B船団ではバレンツ海海戦が生起した[69]
  12. ^ 9月15日、伊19の雷撃で空母ワスプと駆逐艦1隻が沈没し、戦艦ノースカロライナが中破して戦線を離脱した[76]。太平洋部隊の主力空母はホーネットのみ、新鋭戦艦もワシントンだけになった。
  13. ^ 第二艦隊司令長官近藤信竹中将(旗艦「愛宕」)を指揮官とする水上艦部隊で、第二航空戦隊も所属している[84]。近藤中将は支援部隊指揮官と前進部隊指揮官を兼ねており、近藤中将が南雲中将(機動部隊)を指揮する[85]
  14. ^ 第三艦隊司令長官南雲忠一中将(旗艦「翔鶴」)を指揮官とする空母機動部隊で、機動部隊本隊と機動部隊前衛(第十一戦隊司令官阿部弘毅少将)にわかれている[84]
  15. ^ 〔 (二)聯合艦隊ハ十月十五日頃航空撃滅戰及艦砲ヲ以テスル「ガ」飛行場破壊竝ニ支援部隊ノ支援ノ下ニ輸送船団ヲ以テ陸軍ノ増援輸送ヲ完了シ二十二日頃陸軍ノ總攻撃ニ依リ一擧ニ「ガダルカナル」ヲ奪還スルト共ニ救援ノ爲北上シ来ルベキ敵艦隊又ハ増援部隊ヲ捕捉之ヲ撃滅スルニ決シ夫々準備ヲ完了シツツアリ/(三)陸軍ハ十月三日第二師団司令部 十月九日第十七軍司令部夫々「ガダルカナル」ニ進出指揮ニ任ジアリ 總攻撃態勢漸ク整ハントス/四.一方敵「ガ」島死守ノ決意モ愈堅ク逐次輸送船ヲ以テ増援ニ努メ亦支援兵力トシテ少クモ戰艦四・五隻 空母三・四隻 其ノ他巡洋艦駆逐艦多数ヲ集中シアルト確実ナリ 〕[87]
  16. ^ 外南洋部隊(第八艦隊)の重巡(鳥海衣笠)や麾下の水雷戦隊ニュージョージア諸島近海で待機しており、10月25日は突撃隊(白露)と第四水雷戦隊インディスペンサブル海峡英語版に突入している[88]。突撃隊はルンガ泊地の小型艦数隻を撃破したが[89]、四水戦は空襲で軽巡由良を失い、旗艦秋月も中破した[90]
  17. ^ 伊176潜水艦長田辺弥八少佐は、ミッドウェー作戦時の伊168潜水艦長である[94]
  18. ^ ペンサコーラは第67任務部隊として輸送船団を護衛していたが、途中でエンタープライズ護衛を命じられた。
  19. ^ 比叡は13日昼間にエンタープライズ所属機やB-17の空襲を受け、自沈した[115]
  20. ^ トラウトは第三次ソロモン海戦の戦場から離脱してきた霧島を発見、魚雷5本を発射して1本を命中させたが、不発だった。他に重巡愛宕や駆逐艦朝雲も雷撃された[121]
  21. ^ 最上型重巡鈴谷(第七戦隊旗艦)、高雄型重巡摩耶、軽巡天龍、駆逐艦夕雲巻雲風雲[124]
  22. ^ 単縦陣の先頭にいたウォークは綾波と交戦して炎上し、長良隊に撃沈された[130]。ベンハムは交戦中に魚雷が命中し、戦場離脱中に沈没、生存者はグウィンに収容された[130]。プレストンは長良に撃沈された[130]。最後尾のグウィンは被弾して速力が低下し、ベンハムの乗組員を収容して戦場を離脱した[130]
  23. ^ 綾波は被弾により炎上して航行不能となり、沈没した[129]。乗組員の大部分は姉妹艦浦波に収容された[129]
  24. ^ デュボース少将が指揮する巡洋艦部隊が小沢機動部隊を追撃し、水上戦闘で軽空母千代田と駆逐艦初月を撃沈した。
  25. ^ 11月25日、呂50は米機動部隊に魚雷4本を発射し、命中4本(空母1隻、駆逐艦1隻撃沈)を記録した[160]

脚注

  1. ^ アメリカの戰闘力 1941, p. 89原本147頁
  2. ^ 福井、日本戦艦物語(II) 1992, pp. 283–285大和の情報収集に失敗した米海軍
  3. ^ a b #米国(昭和15年10月) p.7〔 ○米國海軍建艦状況一覽表 其ノ1(軍艦、潜水艦 特務艦艇ノ部)1940-10-1調 〕〔 戰艦|Washington(BB56)|35,000|28~30(kt)|(略)|費府海軍工廠|一九三七年度(二隻)|1938-6-14(起工 契約又ハ建造下令 年月日)|1940-6-1(進水年月日)|1942-1-15(豫定完成年月日)|52(建造月數)|1941-春就役 1941年末迄ニ艦隊編入ノ報アリ 〕
  4. ^ a b 細川、米海軍 1944, pp. 49–50(原本76-78頁)ノース・カロライナ級
  5. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』18頁
  6. ^ 福井、日本戦艦物語(II) 1992, pp. 185–187はじまった空前の実艦実験
  7. ^ 福井、日本戦艦物語(II) 1992, pp. 194–195無条約時代突入の前夜
  8. ^ 福井、日本戦艦物語(II) 1992, pp. 247–248大和型建造の必然性
  9. ^ 福井、世界戦艦物語 2009, pp. 101–104第二次大戦の列強戦艦の特長
  10. ^ 福井、世界戦艦物語 2009, pp. 241–243まさに大和に生きうつし
  11. ^ 福井、世界戦艦物語 2009, p. 241◇ノースカロライナ型 二隻(一九三七年度計画)ワシントン(Washington BB-56)
  12. ^ a b ミュージカント『戦艦ワシントン』85頁
  13. ^ a b ティルピッツを撃沈せよ 1980, p. 126.
  14. ^ 壮烈!ドイツ艦隊 1985, p. 161.
  15. ^ a b 壮烈!ドイツ艦隊 1985, p. 164.
  16. ^ ヨーロッパ列強戦史 2004, pp. 172–173.
  17. ^ a b 戦史叢書83 1975, pp. 274–275二 連合軍の兵力
  18. ^ a b 日米死闘の島 1972, pp. 160–161(第三次ソロモン海戦:11月14~15日の戦況)(海戦図)
  19. ^ a b c 戦史叢書83 1975, pp. 381–383米航空部隊の戦闘
  20. ^ 死闘ガダルカナル(歴群06) 1995, p. 83b近藤中将、突入を決意
  21. ^ a b c 死闘ガダルカナル(歴群06) 1995, pp. 30–31第3次ソロモン海戦バトル・オーダー/11月14日~15日"第2夜戦"
  22. ^ a b 戦史叢書83 1975, p. 387挿図第二十一 第三次ソロモン海戦合戦図(11月14日)
  23. ^ 死闘ガダルカナル(歴群06) 1995, p. 85霧島、ソロモン海に沈む
  24. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』325頁、359頁
  25. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』22頁
  26. ^ #米国(昭和15年10月) p.7〔 ○米國海軍建艦状況一覽表 其ノ1(軍艦、潜水艦 特務艦艇ノ部)1940-10-1調 〕〔 戰艦|North Carolina(BB55)|35,000|28~30(kt)|(略)|紐育海軍工廠|一九三七年度(二隻)|1937-10-27(起工 契約又ハ建造下令 年月日)|1940-6-13(進水年月日)|1941-10-15(豫定完成年月日)|49(建造月數)|1941-春就役 1941年末迄ニ艦隊編入ノ報アリ 〕
  27. ^ 福井、日本戦艦物語(II) 1992, pp. 192–193世界空前の巨大戦艦
  28. ^ #S17.12.31艦船要目公表範囲 p.2〔 大和|戰艦|長(米)235.00|幅(米)31.50|喫水(米)9.15|排水量(基準)(噸)42.000|速力(節)25.0|(短艇數)14||呉工廠|昭和12-11-4|昭和15-8-8|昭和16-12-16|主要兵装/大砲40cm…9、15.5cm…12、12.7cm高角…12(略)|馬力 90,000 〕
  29. ^ 福井、世界戦艦物語 2009, pp. 159–165米戦艦の特長の籠マスト
  30. ^ アメリカの戰闘力 1941, p. 92原本153頁
  31. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』27頁、ジョン・バーンズ2等兵曹(パン焼き班)
  32. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』31-33頁
  33. ^ a b ミュージカント『戦艦ワシントン』34頁
  34. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』52-53頁
  35. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』55頁
  36. ^ a b 壮烈!ドイツ艦隊 1985, p. 159.
  37. ^ 壮烈!ドイツ艦隊 1985, p. 158.
  38. ^ ティルピッツを撃沈せよ 1980, pp. 50–54.
  39. ^ ティルピッツを撃沈せよ 1980, pp. 117–118.
  40. ^ 壮烈!ドイツ艦隊 1985, p. 157.
  41. ^ ティルピッツを撃沈せよ 1980, p. 89.
  42. ^ ティルピッツを撃沈せよ 1980, p. 80.
  43. ^ ティルピッツを撃沈せよ 1980, p. 461海軍航空隊およびイギリス空軍によるティルピッツ攻撃(1942年1月より1944年11月まで)/1942年3月〈ヴィクトリアス〉
  44. ^ 壮烈!ドイツ艦隊 1985, pp. 155–159ドイツ艦隊、出撃
  45. ^ 壮烈!ドイツ艦隊 1985, pp. 150–152対ソ援助船団
  46. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』59頁
  47. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』63-64頁
  48. ^ 呪われた海 1973, p. 249.
  49. ^ 呪われた海 1973, pp. 252–255
  50. ^ a b 呪われた海 1973, p. 255.
  51. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』68頁
  52. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』69頁
  53. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』70頁
  54. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』71頁
  55. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』75-76頁
  56. ^ ヨーロッパ列強戦史 2004, p. 161.
  57. ^ ヨーロッパ列強戦史 2004, p. 164.
  58. ^ 壮烈!ドイツ艦隊 1985, p. 162.
  59. ^ ティルピッツを撃沈せよ 1980, p. 128.
  60. ^ 壮烈!ドイツ艦隊 1985, p. 160.
  61. ^ a b ティルピッツを撃沈せよ 1980, p. 125.
  62. ^ 呪われた海 1973, p. 259地図9 北極海とバレンツ海の戦場(航路、空襲圏)
  63. ^ ヨーロッパ列強戦史 2004, p. 169.
  64. ^ ティルピッツを撃沈せよ 1980, p. 127.
  65. ^ ヨーロッパ列強戦史 2004, p. 165PQ17船団行動図
  66. ^ ヨーロッパ列強戦史 2004, p. 171.
  67. ^ 呪われた海 1973, pp. 260–262.
  68. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』86頁
  69. ^ a b 呪われた海 1973, p. 264.
  70. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』87頁
  71. ^ 日米死闘の島 1972, p. 25指揮命令系統を調整
  72. ^ 日米死闘の島 1972, pp. 39–44ガダルカナルに無血上陸
  73. ^ 日米死闘の島 1972, pp. 35–38ツラギに米軍上陸
  74. ^ 戦史叢書83 1975, pp. 1–3八月上旬の南東方面の我が軍の作戦
  75. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』102頁
  76. ^ 日米死闘の島 1972, pp. 102–105サンタクルーズ島で米艦隊を痛打
  77. ^ 日米死闘の島 1972, p. 119.
  78. ^ a b 戦史叢書83 1975, pp. 195–198米艦隊の戦闘
  79. ^ 日米死闘の島 1972, p. 120.
  80. ^ a b 平塚、米軍記録 1995, pp. 116–117サボ島沖夜戦と火砲揚陸作戦
  81. ^ 戦史叢書83 1975, pp. 198–199戦果及び被害
  82. ^ 日米死闘の島 1972, pp. 123–125サボ島沖夜戦
  83. ^ 戦史叢書83 1975, pp. 240–241一 第十七軍の攻撃準備/攻撃計画
  84. ^ a b 戦史叢書83 1975, pp. 273–274支援部隊の編制
  85. ^ 戦史叢書83 1975, p. 248支援部隊
  86. ^ 平塚、米軍記録 1995, pp. 148–154陸軍の総攻撃に呼応した海上決戦
  87. ^ #S1706第五戦隊日誌(4) pp.3-4
  88. ^ a b #S1710(下)経過概要 p.14(昭和17年10月)〔 25| |SNBハ「ガ」島[飛行場]制圧ヲ確認ノ後進出スルコトニ変更 夜 主隊(旗艦鳥海 衣笠)及第一攻撃隊(司令官川内 d×4)ハ「ニュージョージヤ」W海面ニ集結 第二攻撃隊(司令官由良 秋月外d×4)ハ「イサベル」島北方ニ集結機宜行動|南東| 〕〔 25|1100頃|「インデスベンサブル」水道東方ニテ第二攻撃隊ハ敵艦船ヲ捜索行動中fb×4ノ攻撃ヲ受ク 更ニ一六〇〇B-17×6ノ爆撃ヲ受ク|南東|由良大破航行不能全艦御火災 4Sd司令官ハ一六一五艦長以下總員退去ヲ命ジdニ収容ノ上一九〇〇処分/秋月中破罐室ニ浸水片舷使用不能トナルモ尚21ktニテ行動可能「ショートランド」ニ引揚中 〕〔 25|1045|哨戒中ノfdハ「ガ」島[飛行場]ノSSE160′デB×2 C1×4 C2×1 d×217北上中(東港空)|南東|GF長官ハKdBニ対シ成シ得レバ之ヲ攻撃スル様命ゼシモ彼我ノ距離300′以上ニテ攻撃ノ見込ミ立タズ 〕
  89. ^ 戦史叢書83 1975, pp. 257–259突撃隊(第六駆逐隊)のルンガ泊地攻撃
  90. ^ 戦史叢書83 1975, pp. 260–262「由良」の沈没
  91. ^ #S1710(下)経過概要 p.7(昭和17年10月)〔 18|1630|「サンクリストバル」島S10′ニテ哨戒中ノSハ敵B×1 C×2 d×3ヲ発見 僚艦ト共ニ追躡触接(イ4 イ172)|南東|一九〇〇前後「スコール」ノ爲見失フ 敵針不規則ナリシモ航進方向ハ概ネS 甲SSBハ引続キ捕捉攻撃ニ努メツツアリ 〕
  92. ^ a b 戦史叢書98 1979, p. 199.
  93. ^ #S1710(下)経過概要 p.8(昭和17年10月)〔 20|1900|イ176(11Sg/3Ss)「サンクリストバル」ノSSE110′ニB×2 C×2 d×数隻 20Ktニテ南下スルヲ発見 一七一六「テキサス」型B×1ヲ襲撃|南東|魚雷2本命中セシメ二分後大誘爆音ヲ聴取 襲撃後三時間ニ亘リ約d×4ノ爆雷攻撃ヲ受ケ効果確認セズ 〕
  94. ^ 戦史叢書98 1979, pp. 150–152ヨークタウンの撃沈
  95. ^ 戦史叢書83 1975, p. 237.
  96. ^ #S1706第五戦隊日誌(4) pp.51-52(昭和17年10月20日項)(略)〔 (イ)一〇二八(飛行機)11Af「インジスペンサブル」礁ノ一二〇度一〇〇浬附近ニ敵大部隊(B×3基幹)ヲ発見ス/(ロ)「ガ」飛行場攻撃十月二十二日ト決定/(ハ)一九一六「ソロモン」群島南東方ニ於テ伊一七六潜 敵戰艦一 二魚雷二本命中) 〕
  97. ^ 戦史叢書83 1975, pp. 263–264.
  98. ^ 戦史叢書83 1975, pp. 271–272総攻撃に応ずる支援部隊の配備
  99. ^ 戦史叢書83 1975, pp. 313–316七 潜水部隊の作戦
  100. ^ #S1706第五戦隊日誌(4) p.52(昭和17年10月21日項)(略)〔 (イ)〇八〇〇(飛行機)11Af「インジスペンサブル」礁ノ一〇二度一五〇浬附近ニ敵B×2 C×2又其ノ東南東三〇浬ニB×1 C×1 d×2ヲ発見ス/(ロ)「ガ」飛行場突入日ヲ十月二十三日ニ延期セラル 〕
  101. ^ #S1706第五戦隊日誌(4) pp.8-9〔 (七)爾後陸軍部隊ノ總攻撃準備完成ヲ俟チツツ機宜「ソロモン」群島北東海面ヲ行動索敵ニ從事 二十三日陸軍ノ準備漸ク完成セルノ報ニ接シ二十四日夜間陸軍ノ總攻撃ニ策應スル如ク南下進出ヲ始ム 此ノ間敵主力艦隊ハ常時「ソロモン」群島南方海面ヲ遊弋中ナリシモ敵機動部隊ノ動静ニ関シ得ル所ナシ東方ヨリスル敵奇襲ノ懸念漸ク濃厚トナレリ 〕
  102. ^ 戦史叢書83 1975, pp. 278–280機動部隊索敵及び攻撃待機計画
  103. ^ 戦史叢書83 1975, p. 280.
  104. ^ 戦史叢書83 1975, p. 312六 基地航空部隊の作戦
  105. ^ #S1710(下)経過概要 p.21(昭和17年10月)〔 27|0338|イ21ハ敵B×1(コロラド型)ヲ襲撃レンネル島S180′|南東|魚雷一本命中 イ21(3Sg 8Ss/6F) 〕
  106. ^ 戦史叢書98 1979, pp. 199–202南太平洋海戦における潜水艦作戦
  107. ^ 戦史叢書83 1975, p. 316.
  108. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』130-131頁
  109. ^ a b 戦史叢書83 1975, pp. 362–365連合軍の状況
  110. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』136頁「やつらはここへ来る」
  111. ^ 日米死闘の島 1972, p. 152.
  112. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』131頁
  113. ^ 平塚、米軍記録 1995, pp. 164–167第三次ソロモン海戦に勝利は得たが
  114. ^ 日米死闘の島 1972, pp. 155–157第三次ソロモン海戦
  115. ^ 戦史叢書83 1975, pp. 374–375.
  116. ^ 戦史叢書83 1975, pp. 375–376戦果被害
  117. ^ 戦史叢書83 1975, pp. 368–370米艦隊の戦闘
  118. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』146頁
  119. ^ 日米死闘の島 1972, pp. 157–158戦艦「比叡」沈む
  120. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』150頁
  121. ^ 戦史叢書83 1975, p. 385.
  122. ^ a b 戦史叢書83 1975, p. 382.
  123. ^ 日本戦艦の最後 2015, pp. 211–213.
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  154. ^ 日米死闘の島 1972, p. 196.
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  161. ^ ミュージカント『戦艦ワシントン』218頁
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