テオドラ (東ローマ女帝)とは? わかりやすく解説

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テオドラ (東ローマ女帝)

(Theodora Porphyrogenita から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/12 04:19 UTC 版)

テオドラ
Θεοδώρα
Theodōra
東ローマ皇帝
テオドラが印されたノミスマ金貨。左はイエス・キリスト
在位 1042年1055年 - 1056年

出生 995年
東ローマ帝国コンスタンティノポリス
死去 1056年8月31日
東ローマ帝国コンスタンティノポリス
子女 (養子)ミカエル6世ストラティオティコス
王朝 マケドニア王朝
父親 コンスタンティノス8世
母親 ヘレナ
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テオドラギリシア語Θεοδώρα (Theodōra)995年 - 1056年8月31日)は、東ローマ帝国マケドニア王朝女帝(在位:1042年1055年 - 1056年)。コンスタンティノス8世の三女で、ゾエの妹に当たる。

ミカエル5世の追放後、姉のゾエと共に女帝として即位したが、わずか2ヵ月後に退位した。

1055年、コンスタンティノス9世モノマコスが病死した後、女帝として再び即位した。しかしその翌年に病気になり、数日後の8月31日に死去してしまった。テオドラには嗣子がなかったため、ここにマケドニア王朝の血筋は断絶した。死後、テオドラの遺言により、その養子で元老院議員であったミカエル6世ストラティオティコスが皇位に即位することとなった。 イコンに対する制限を解除した。




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