Strapping Young Ladとソロ活動、HevyDevy Recordsの設立(1994-1998)
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The Wildheartsのツアーに同行していた1994年、デヴィンは自身の手による音楽を作りたいと考え始めデモを制作。結果Century Media Recordsと契約したデヴィンはStrapping Young Ladの名でプロジェクトを立ち上げレコーディングを開始。1995年『Heavy as a Really Heavy Thing』をリリース。ここで彼は全ての曲の作詞、作曲、プロデュースを手がけ、演奏はヴォーカルとギターを担当する。1997年にはドラマーにDark Angel、Deathで活動していたジーン・ホグランを迎え2ndアルバム『City』をリリース。スラッシュ・メタルにインダストリアル要素を取り込んだStrapping Young Ladのヘヴィな音楽性は多くのヘヴィ・メタルファンから支持され、数々のヘヴィ・メタル専門誌からも賞賛された。 Strapping Young Ladでの活動の一方で、彼はソロ名義でのアルバム制作も進める。1996年にレコーディングされアルバムは完成するがレコードレーベルとの契約が出来ず、デヴィンは自身のレーベルHevyDevy Recordsを設立しアルバムをリリースすることにした。1997年、ソロ名義としては初のアルバム『Ocean Machine: Biomech』をリリース、翌1998年には『Infinity』を続けてリリースする。(ヨーロッパ、アメリカではInsideOutより、日本ではSonyよりリリース)Strapping Young Ladでのヘヴィな音楽性とは違い、ソロ名義での音楽性はハード・ロックにプログレッシヴ・ロックやアンビエントの要素を取り込んだメロディアスかつ重厚なスタイルであり、また『Infinity』ではThe Wildheartsのジンジャーと共に"Christeen"を制作するなど、ポップなアプローチも見せている。 また、1995年には地元バンクーバーの音楽仲間3人とPunky Brüster名義で『Cooked on Phonics』というストーリー仕立てによるパンク・ミュージックのパロディーアルバムを制作、1996年にHevyDevy Recordsからリリースしている。
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