3500スパイダー・ヴィニャーレ
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「マセラティ・3500GT」の記事における「3500スパイダー・ヴィニャーレ」の解説
3500GTの成功はすぐにオープントップモデルの需要を呼んだ。1957年以前、ピエトロ・フルアは開発段階の3500GT(Tipo101 )のシャシーにスパイダープロトタイプをデザイン、作成している。1958年、カロッツェリア・ツーリングが2つのオープントッププロトタイプを制作。 1959年ジョヴァンニ・ミケロッティのデザイン、カロッツェリア・ヴィニャーレが制作したスパイダーモデルにがマセラティに採用され、3500スパイダー・ヴィニャーレ(3500 Spyder Vignale )として発売された。 ミケロッティの描いたヘッドライトからテールランプまで緩やかに漂う曲線は3500GTのデザインをより優雅に引き立たせ、極めて美しい物となっている。 3500GTとともに機構面でのアップグレードを受け、1960年、スパイダー・ヴィニャーレの本格生産が始まる。ホイールベースがクーペモデルより10cm短狭められ2,500mmとなり、小さな後席はより小さくなった。初期モデルからフロントにディスクブレーキが標準採用され、リアはドラムブレーキ、トランスミッションは4MTだった。クーペモデルの3500GTと違いボディにアルミニウムが多用されている。それ故に『超軽量ボディ』という言葉が使われた。スパイダー・ヴィニャーレのボディやドアは強度を得るためスチール製だが、ボンネットやトランクリッドにはアルミニウムが用いられ、重量増しを押さえている。 1961年、クーペモデルの3500GTIとともに5MT化、キャブをインジェクションに変更し、最大出力を235馬力まで上げている。 1964年、3500GTとともに生産終了した。総生産台数242台。
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