2000年 - 2001年の改修
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 16:06 UTC 版)
「ナゴヤ球場」の記事における「2000年 - 2001年の改修」の解説
2000年オフにはレフト外野席が完全に解体され、スタンド跡地は中日新聞社傘下の折込広告を扱う「中日総合サービス」のナゴヤ球場営業所が建てられた。2001年オフには、内野二階席と三塁側内野席高層部および内野照明塔が取り壊され、三塁側内野スタンド跡地には選手寮と室内練習場が立てられた。同市西区にあった選手寮「昇竜館」と室内練習場は、球場への移動が不便で選手から不満の声が上がっていたが、ナゴヤ球場に練習設備が集約されたことで、朝から晩まで練習に取り組めるようになった。また、バックネット裏内野スタンド後方には「ナゴヤ球場神社」が設けられている。 ネット裏の2階席部分、3塁側上段部分とナイター設備が撤去され、収容人員は大幅に減少した。スタンドが小さくなったため、球場外周の一部には防球ネットが設置されている。スコアボード(電光式+磁気反転式メッセージボード)は1992年の球場改修時に設置されたものを改修し、スピードガン表示はレフトスタンド後方からボード右端に組み込まれた。なお、一軍本拠地時代の収容人員は公称35,000人だったが、この改修により、約9,000人にまで減少した。 2006年オフから、秋季キャンプをそれまでの沖縄に代えて、実施している。2007年7月からは全席禁煙となった。 2009年春には文化庁から登録有形文化財への登録を打診されたが、自由な改修や改築が不可能になることもあってこれを固辞した。
※この「2000年 - 2001年の改修」の解説は、「ナゴヤ球場」の解説の一部です。
「2000年 - 2001年の改修」を含む「ナゴヤ球場」の記事については、「ナゴヤ球場」の概要を参照ください。
- 2000年 - 2001年の改修のページへのリンク