高松宮家伝来
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/04 16:10 UTC 版)
高松宮家に伝来していた太刀は、「豊後国行平」の五字銘であり、刃長は二尺六寸(約78.79センチメートル)、反りは六分(約1.82センチメートル)、元幅は八分三厘(約2.52センチメートル)ある。現在は日本の重要文化財に指定されており、東京国立博物館にて保管されている。元々徳川秀忠が所持していたが、1620年(元和6年)6月に東福門院和子(秀忠の五女)が後水尾天皇の中宮として入内した際に、秀忠より後水尾天皇へ献じられたものである。後に子の後西天皇へ伝わり、有栖川宮幸仁親王(後西天皇の第二皇子)が元服した際に後西天皇から贈られたものとされる。以来、有栖川宮家に伝来していたが、有栖川宮家断絶した後にはその祭祀・財産を継承した高松宮家へ本作も伝わったものと考えられる。 腰元に梵字と異形の仏像が彫られていることから、その姿から地蔵行平と伝わる。しかし、行平の彫った仏像は変形が多く、その彫物は地蔵菩薩のほか毘沙門天、不動明王、役行者(えんのぎょうじゃ)など諸説ある。収蔵元の東京国立博物館では、梵字が毘沙門天を意味していると考えられていることから下の人物も毘沙門天であると考えられている。
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