電気供給事業への参入
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/13 08:15 UTC 版)
「金沢電気軌道」の記事における「電気供給事業への参入」の解説
金沢市に電気を供給する電力会社に金沢電気瓦斯というものがあった。同社は1900年(明治33年)に開業。こちらも旧藩主前田家や旧藩関係者が関与する会社であった。また金沢電気軌道は市街電車用の電力を同社から受電していた。 1921年10月1日付で金沢電気瓦斯の事業を金沢市が市営化するにあたり、金沢市外の事業は市営化に不適当であることから、これを金沢電気軌道が引き受けた。その結果金沢電気軌道は電気供給事業に進出する。供給区域は河北郡・石川郡・能美郡にまたがる47町村で、翌年1月末時点で電灯4万735灯(需要家数2万301戸)、電動機用電力1,158.5馬力(約864キロワット)を供給していた。買収価格の65万円に対し、会社の収入全体の3割から4割という大きな利益を生む事業であり、会社にとっては「意外の儲け物」であったという。 金沢電気瓦斯が保有していた福岡第一発電所など5か所の水力発電所はすべて金沢市が継承したが、これとは別に金沢電気軌道では1922年7月犀川に寺津発電所を完成させた。この寺津発電所は会社設立前の1912年10月に電車運転の電源とするため水利権を得ていたもので、電気供給事業参入前の1920年3月に着工していた。
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