長崎のペーロン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/28 17:24 UTC 版)
長崎では江戸時代から福建系の龍舟競漕が催されていた。「ペーロン」は漢字の「排龍」または「白龍」の唐音を日本語表記したものである。汨羅江に身を投げた屈原の死を悼んだ楚の国民達龍船(白龍)を出したのが起源という由来が有名で、「ペーロン」の名の由来についてエンゲルベルト・ケンペルは、台湾の近くにあった大変豊かな島万里ヶ島のペイルーン王に由来すると『廻国奇観』に書き残している。 長崎のペーロンは豊漁祈願を主たる祭祀儀礼とする。江戸時代には端午の節句の共同体行事であったが、その後、端午節の行事という意義は薄れており、現在では7月の最終日曜日に「長崎ペーロン選手権大会」として競技大会が行われている。2020年・2021年は新型コロナウィルスのため取りやめとなり、2022年に3年ぶりの開催が予定されていたが、平年に比べて参加チームが4部門(中学生、職域、一般、女子の各部)合計で18チームと少ないため、会期を2日間から1日に短縮し、事実上規模を縮小する予定となっていたが、県の独自の感染警戒レベルが6段階の上から2段目に当たる「2」となったことによる感染防止の観点から3年連続の開催延期が決定した。実行委員会は警戒レベル2のうちの「2-Ⅱ(特別警戒警報)」相当である場合は延期とすることを定めていた。
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