都賀庭鐘『英草子』『繁野話』からの影響とは? わかりやすく解説

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都賀庭鐘『英草子』『繁野話』からの影響

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/26 10:23 UTC 版)

雨月物語」の記事における「都賀庭鐘『英草子』『繁野話』からの影響」の解説

秋成処女作浮世草子諸道聴耳世間猿』を刊行した明和3年都賀庭鐘の『繁野話』が世に出た。この作品とその前作の『英草子』は読本の祖というべきもので、それまで流行していた浮世草子とは違って原典白話小説)のはっきりとわかる、中国趣味前面出したのだった当時井原西鶴から始まった浮世草子の新鮮味なくなり落ち込み出てきたころである。秋成はまだ執筆刊行予定のあった浮世草子捨て、庭鐘の作品受けて雨月物語』を書き始めたのだった。 『雨月物語執筆時期上記のようにはっきりしないが、その前後秋成は庭鐘から医学学んでおり、その後医者として生きて行くこととなる。このとき、どれだけ庭鐘から医学以外のこと(例え白話小説のことなど)を直接学んだかはよくわかっていないが、その影響受けていることは『雨月物語自体証拠となろう具体的にいえば、まず体裁5巻9篇、見開き挿絵1枚短篇が8篇、挿絵1枚中篇(「蛇性の婬」)が1篇であるところは、まったく庭鐘の読本作品と同じである。体裁で違うところといえば題名付け方で、庭鐘が『英草子第一篇後醍醐帝三たび藤房の諫を折くこと話」、あるいは『繁野話第一篇情を語つて久しき誓ふ話」のように長く付けるのに対し、『雨月物語』の方は第一篇白峯」や第二篇菊花の約」のようにすっきりとした題が付いている。内容面でいうと、読本形式をとり、場面場面ではなく話の運び登場人物人間性重点置いたものにしたこと、知識層読者想定し思想歴史観作中での議論盛り込んだことなどが挙げられる

※この「都賀庭鐘『英草子』『繁野話』からの影響」の解説は、「雨月物語」の解説の一部です。
「都賀庭鐘『英草子』『繁野話』からの影響」を含む「雨月物語」の記事については、「雨月物語」の概要を参照ください。

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