過去の修復作業
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 02:34 UTC 版)
記録に残っている『モナ・リザ』に対する、最初のかつもっとも大規模な修復が実施されたのは1809年のことである。このときの蒸留アルコールによる洗浄、ワニスの塗り直し、加筆など一連の修復作業の指揮を執ったのは、当時ナポレオン美術館と改名されていた美術館の絵画修復責任者ジャン=マリー・フストゥルだった。1906年に、ルーヴル美術館の修復担当者ウジェーヌ・ドゥニザールが、ポプラ板のひび割れによって荒れた画肌部分に水彩顔料で修復加筆を行っている。また、ドゥニザールは、古い額縁では隠れていた画面端部分のワニスの修復も行っている。盗難に遭っていた『モナ・リザ』がルーヴル美術館に戻された1913年にも、ドゥニザールが修復作業の責任者に任命された。このときドゥニザールは特殊な溶剤を使用しない洗浄作業を指示し、顔料が欠落していた箇所に対して、水彩顔料によるわずかな加筆で修復作業を終えている。1952年には、画面背景部分を覆っていたワニス層の表面を滑らかにする修復が行われた。1956年に観客によって酸が浴びせられたときにはジャン=ガブリエル・グーリナが修復を担当し、損害を受けた『モナ・リザ』の左腕部分を水彩顔料で修復加筆している。
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