遍路道の起点
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 04:44 UTC 版)
四国八十八箇所霊場は環状になっているため、遍路はどこから始めてもよいとされている。従って遍路道の起点というものは考える必要はない。四国在住の遍路は最寄りの札所から、岡山方面からの遍路は多度津港や丸亀港に上陸し善通寺から、広島方面や九州からの遍路は松山港に上陸し太山寺から、また、八幡浜港に上陸し明石寺からと様々で、実際に大正7年6月4日熊本を出発した高群逸枝は7月14日八幡浜港に上陸し翌日明石寺に向かい逆打ちをしている。しかし、関西以東方面からの遍路が多く、また、案内書が一番札所の霊山寺から順に紹介するようになってからは、一という数字に引かれること、四国八十八箇所は弘法大師が密教の曼荼羅の世界を四国に投影したという思想によって、阿波を発心の道場、土佐を修行の道場、伊予を菩提の道場、讃岐を涅槃の道場と呼ぶのでその順番に引かれること、などの点からも一番札所から始める遍路が圧倒的に多かったと考えられ、さらに現代は容易に一番札所まで移動できる為どこ在住の人でも一番からスタートする遍路が多い。そして、近代以前は大坂方面からの遍路のほとんどは淡路島を経由して岡崎港(鳴門市撫養町岡崎)へ上陸し撫養街道を通って一番札所の霊山寺へ向かったことを考えると、遍路道の起点を鳴門市の岡崎港と考えることもできたが、今は本四連絡橋で直接一番札所へ到着するので、霊山寺境内にある発心の門が起点と云わざるを得ない[誰によって?]。
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