評論家の意見
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/27 22:45 UTC 版)
鶴見俊輔は以下のように記している。 1982年7月26日、中国外務省は、日本の歴史教科書で中国への「侵略」をあいまいに「進出」と書きかえたことに抗議。 日高六郎は以下のように記している。 1982年、文部省が新しい社会科教科書の検定のなかで、日本軍の中国大陸における行動にたいして、「侵略」という表現を認めなかったということが大きく新聞で報道された。反響は国内よりも国外から、とくに中国と韓国とから起った。政府だけではなく、民衆の怒りも爆発した。両国政府は日本政府に抗議し、記述の是正を迫った。結局、鈴木内閣は表現の訂正に応じる方針に転じる。 弁護士の内田雅敏は、「1982年、文部省が教科書検定に際して高校の社会科教科書の記述を『侵略』から『進出』へと書き換えさせていたことが発覚したことを契機として、アジア各国から激しい非難がまき起こった」と記している。 内田健三は「不測の波乱が起こった。教科書検定問題である。文部省による歴史教科書の検定で、中国大陸への日本の『侵略』が『進出』と書き換えられたり、韓国の抗日三・一独立運動が『暴動』と表現されているとして、中国と韓国が7月下旬相次いで日本政府に抗議し、記述の訂正を求めてきた」と記している。
※この「評論家の意見」の解説は、「第一次教科書問題」の解説の一部です。
「評論家の意見」を含む「第一次教科書問題」の記事については、「第一次教科書問題」の概要を参照ください。
- 評論家の意見のページへのリンク