衰えの始まり
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/07 14:23 UTC 版)
2008-09シーズンはダンカンの衰えが指摘され始めたシーズンだった。膝に慢性的な故障を抱えるダンカンは、それでも平均19.3得点10.7リバウンドと立派な成績を残し、チームもダンカンの他にマヌ・ジノビリなどの故障を抱えた状況ながら、ディビジョン1位となる54勝28敗をあげた。しかし1999年の優勝以降に襲われた高齢化問題に再び直面するスパーズは、力を着けたレイカーズやボストン・セルティックスなどの優勝候補チームの有力な対抗馬とは見なされず、プレーオフでは1回戦でダラス・マーベリックスの前に敗退。スパーズにとっては2000年以来となる1回戦敗退となった。 2009-10シーズンは主力の高齢化がさらに進み。ポポヴィッチはプレーオフに向けたレギュラーシーズンの徹底的なプレータイムの管理を行った。ダンカンもプロ入り以来最も短いプレータイムとなり、平均17.9得点とキャリア最低の平均得点となりプレーオフに突入した。万全の体調で迎えたプレーオフ一回戦で第2シードのマーベリックスを撃破しアップセットを達成。しかし、カンファレンスセミファイナルではサンズに0勝4敗のスィープを喫しシーズンを終了した。 2010-11シーズンはダンカン率いるスパーズはウェスタンカン・ファレンスを首位で突破。だがプレイオフ初戦でザック・ランドルフとパウ・ガソルの弟のマーク・ガソル率いる第8シードのメンフィス・グリズリーズと対戦。グリスリーズは徹底的にダンカンにマークしてインサイドを制圧し、4勝2敗でチーム史上初のプレイオフで勝利をあげた。第1シードのチームが第8シードのチームに負けることは珍しくファーストラウンドが7試合制になった以降としては史上2回目の出来事だった。
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