芝転向
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/13 00:38 UTC 版)
勝ち切れない状況に芝への再転向し、成功しなければ障害競走への転向も考えられていた。再転向後初戦となった10月18日、京都競馬場での条件戦(芝2200メートル)に5番人気の評価で出走。5番手から先頭となり、騎乗した南井が手綱を動かすことなく独走状態となった。差は7馬身まで広がりそのまま先頭で入線し、2勝目を挙げた。走破タイム2分16秒2は、同じ日、同じ距離で行われた菊花賞トライアルの京都新聞杯(GII)にて、武豊に全力で追われて勝利したレオテンザンよりも、0秒1速かった。11月1日、再び芝の400万円以下である藤森特別に松永幹夫に乗り替わり出走し、第3コーナーから仕掛けて8馬身の差をつけ勝利。松永の「競馬にならない。このクラスにいる馬じゃないよ」というコメントもあり、菊花賞への出走が期待された。また、メディアは「遅れてきた大物」「関西の秘密兵器」といった文句で報じた。しかし小原は、本格化するのは5歳秋であると捉え、ここで強行させたら壊れてしまうと考えて自重。連闘となる菊花賞を見送った。
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