経歴に関する事柄
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/19 04:07 UTC 版)
「佐藤和夫 (経済学者)」の記事における「経歴に関する事柄」の解説
1950年代はアメリカ政府の留学生試験に合格することがほぼ唯一の留学手段であったので、大学卒業後に試験を受けたが第1志望のシカゴ大学から学費免除の合格を得ることができず、翌年イェール大学に補欠合格し、一人辞退者が出た結果繰り上がりで留学することが決定した。 佐藤のイェール大学留学中に、同校に一橋大学の荒憲治郎、藤野正三郎、東京大学の館龍一郎、大阪大学の森嶋通夫など若手の学者が滞在し彼らと面識を得ることになった。ハーバード大学に移籍する館氏を送った際には小宮隆太郎、後に国連で同僚となる倉林義正とも知り合うことになる。また、このときに森嶋通夫と知り合ったことをきっかけに大阪大学社会経済研究所に就職口を得ることができたと述べている。 一流の学者と交流できることを留学の良さの一つに挙げており、ポール・サミュエルソンの「学識」、ロバート・ソローの「ユーモア」、フランコ・モディリアーニの「速口」、ジョン・ヒックスの「内気」、ニコラス・カルドアの「強気」とこれらの研究者を表現し、「論文をつうじては知りえない彼らの人間性に触れることができたのは、望外の楽しみであった」と述べている。
※この「経歴に関する事柄」の解説は、「佐藤和夫 (経済学者)」の解説の一部です。
「経歴に関する事柄」を含む「佐藤和夫 (経済学者)」の記事については、「佐藤和夫 (経済学者)」の概要を参照ください。
- 経歴に関する事柄のページへのリンク