累加的な日本と因果律的なアメリカの教育
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/10 03:04 UTC 版)
「批判的思考」の記事における「累加的な日本と因果律的なアメリカの教育」の解説
渡辺雅子『納得の構造―日米初等教育に見る思考表現のスタイル』(東洋館出版社2004)によれば、アメリカと日本の教育を比較すると、日本では時系列による累加的な思考や共感が重視されるのに対して、アメリカでは「なぜ」を問う因果律に基づく分析的推論が重視される。作文の比較においても日本では出来事が起こった順番に連結されていくのに対して、アメリカでは「なぜならば (because)」「なので (so)」といった因果を示す接続詞が多用される。 またウォルター・J・オングによる声の文化と文字の文化の比較においては、声の文化は冗長性、累加性、保守性、生活への密着、感情移入的で客観的距離をとらない、状況依存的であって抽象的ではないといった特徴がある。文字の文化においては文字を見ながら、客観的な証拠や論点を確認しながら、回り道をしない形で討議が行われる。日本の昭和20年代の地方の寄り合い(話し合い)では冗長で悠長でまわり道の多い過程を通って討議され、批判的思考におけるような問題を明確化し、データから正しい推論を経て結論に至るような過程を踏まえない。しかし、このような冗長な討議においては、参加者が無理をせず、皆が納得いくまで話し合いをすることが可能となる。
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