第10回で大会終了とは? わかりやすく解説

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第10回(2010年)で大会終了

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 04:33 UTC 版)

M-1グランプリ」の記事における「第10回2010年)で大会終了」の解説

主催吉本興業朝日放送2010年12月12日準決勝終了後M-1グランプリ開催第10回となる2010年終了することを発表した大会終了理由として、吉本興業は「大会通じて漫才隅々まで広まった10年節目をもって発展的解消することが、次につながる」と説明している。また、大会委員長務め島田紳助は「漫才が私を夢の世界に連れて行ってくれた。漫才レベル上がりほんの少し恩返しできた」とコメント寄せた。 「M-1グランプリ2010」の決勝戦12月26日行われ笑い飯決勝出場9回目悲願の優勝果たした島田紳助決勝後会見で、「(若手から)めちゃめちゃ苦情が来ました。なくしたらあかんなとつくづく思います。いったんはやめて、また違う形で……」と後継大会の開催示唆した10年間を振り返り、「たくさんのスター育ってくれた。僕の中では漫才対す申し訳ないという気持ちがあったのでこの大会やりたいと。そして演じる人が納得して帰れるものを作りたい思ってきた。今日納得してくれた。点数公表されるということは審査員センス問われるし、審査員審査されている。みんなが納得してメンバー祝福してる姿を見てうれしかった10年間、よかった」と語ったまた、終了する理由については「視聴率もいいし、やめる必要はないといわれますが、一つ現象起こしたときは10年やめない盛り下がっていってしまう。M-1という言葉つまらん言葉になったらいかん」と語っている。 2011年より後継プロジェクトとして、フジテレビ系列で「日清食品 THE MANZAI」が開催されることが2011年4月26日決定した司会ナインティナインで、島田紳助大会実行委員長務め予定だったが、同年8月紳助不祥事により芸能界引退したため、一時期大会開催危ぶまれたが、ビートたけし大会最高顧問として起用し大会続行するになった

※この「第10回(2010年)で大会終了」の解説は、「M-1グランプリ」の解説の一部です。
「第10回(2010年)で大会終了」を含む「M-1グランプリ」の記事については、「M-1グランプリ」の概要を参照ください。

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