第一次レバノン戦争後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/04/08 07:10 UTC 版)
「第401機甲旅団 (イスラエル国防軍)」の記事における「第一次レバノン戦争後」の解説
1991年になると、元々パルマッハにルーツを持つ第9戦車大隊が第211機甲旅団(ヘブライ語版)から第401機甲旅団の指揮下に移動した。2000年代に入ると第二次インティファーダが発生し、またイスラエル軍がレバノン南部から撤退したため、第401機甲旅団の任務もヨルダン川西岸地区やガザ地区での治安維持活動が中心となった。2004年になると、それまで運用を続けていたマガフ6シリーズからメルカバMk.4に装備を更新した。 2006年には戦闘工兵科(英語版)所属の第601"アサフ"戦闘工兵大隊(ヘブライ語版)が第401機甲旅団の指揮下に入った。同年の第二次レバノン戦争においては、第401機甲旅団は最初に北上しレバノンでの戦闘に投入された部隊の一つとなり、1982年の戦闘と同様、東側のエリアを担当した。2009年のガザ紛争(キャスト・レッド作戦)、2014年のガザ地区侵攻(プロテクティブ・エッジ作戦)においても第401機甲旅団は戦闘に投入されている。なお、プロテクティブ・エッジ作戦に先立つ2000年代後半から、第401機甲旅団のメルカバMK.4は、トロフィーAPSを搭載した"メルカバMK.4M"仕様への改修が進められており、2011年には実際に戦車に向けてガザ地区から発射された対戦車ミサイルの迎撃に成功している。2012年には第401機甲旅団の全てのメルカバMk.4がトロフィーを装備したMk.4M仕様となり、"地球上でもっとも強固に防護された旅団"と称された。
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