砦群
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/31 05:39 UTC 版)
本丸を中心に放射状に広がる北方尾根と西方尾根に、90余に及ぶ砦群が階段状に設けられている。南条氏の居館は山腹の八幡神社上にある比較的大規模な曲輪と伝えられているが、定かでない。ここからは試掘調査の際に土師質の土器片、備前焼、白磁・青磁などが出土している。平時における南条氏の居館は、羽衣石集落の北方にある小鹿谷にあったと考えられている。 東方尾根は峰伝いに攻撃されやすい弱点のため、数段の砦と堀切で防御している。しかし、1582年(天正10年)の吉川元春との攻防戦の際は、東方尾根からの攻撃を支えきれずに落城している。城の南方面の防御は峻険な崖を利用しており、特に人工的な防御施設はない。 本丸への登山道としては大手口と搦手口の2本がある。大手口には「天然の塁壁」と呼ばれる高さ5メートルほどの崖を利用した防壁がある。大手口途中には「お茶の水井戸」と呼ばれる井戸があり、城内の水の手として利用されていたことが推測される。搦手の本丸下には「羽衣岩」という天女が羽衣を掛けたと伝えられる巨石があり、ここも砦として利用されている。
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