現代の両国関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 09:05 UTC 版)
「日本とリトアニアの関係」の記事における「現代の両国関係」の解説
1989年に姉妹都市となった久慈市とクライペダの間には、重要で緊密な協力関係がある。 日本は1991年9月6日にリトアニアを事実上再承認し、その1カ月後には両国間の国交が再開された。1997年にはヴィリニュスに日本大使館が、1998年には東京にリトアニア大使館が設置された。 2016年3月、日本とリトアニアは原子力の安全性について協力することで合意した。 2021年7月3日、茂木敏充外務大臣は、リトアニア、エストニア、ラトビアのバルト三国訪問後の記者会見で、中国の海洋進出や香港、新疆ウイグル自治区の人権問題について、「日本の懸念に強い共感が示された」「日本と中国、バルト三国とロシアの位置関係や地政学的環境は極めて類似している」と指摘し、権威主義体制であるロシア及び中国と向き合う状況が似ており、中国の海洋進出や人権状況は「バルト三国にとっても他人ごとではない」として、台頭する中国をめぐる認識を共有できたと述べた。バルト三国の外相らは、日本の外交方針「自由で開かれたインド太平洋戦略」への支持と協力を表明し、中国人民武装警察部隊海警部隊に武器使用を認める海警法や、東シナ海・南シナ海への進出、香港、新疆ウイグル自治区をめぐる人権状況についても、日本との間で深刻な懸念を共有した。
※この「現代の両国関係」の解説は、「日本とリトアニアの関係」の解説の一部です。
「現代の両国関係」を含む「日本とリトアニアの関係」の記事については、「日本とリトアニアの関係」の概要を参照ください。
- 現代の両国関係のページへのリンク