海洋局創設前の沿岸・海洋管理組織
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「国家海洋局」の記事における「海洋局創設前の沿岸・海洋管理組織」の解説
1956年、国務院に科学規劃委員会(現在の科学技術部)が新設され、沿岸・海洋管理を担当する部所として同委員会の内部部局に海洋組(海洋グループ)が組織された。海洋組は、物理・深海遠洋・水文気象・化学・生物・地質地形・観測機器の7個の専門小組(専門小グループ)から構成されていた。 1958年、科学規劃委員会は国家技術委員会と合併し、科学技術委員会となったが、海洋組は引き続きその内部部局として継承・存続した。同年からは渤海・黄海・東シナ海で、翌年には南シナ海で海洋調査が開始された。しかし、この当時の海洋組は自前の調査船を保有しておらず、海洋調査の実務に当ったのは人民解放軍海軍であった。また海洋調査も不定期で、装備の質・量とも不足していて、継続的なモニタリングには程遠いものであった。海洋組以外に海洋調査を実施する機関として、1959年に山東大学、厦門大学、復旦大学の三大学の海洋系研究機関を統合して山東海洋学院(現在の中国海洋大学青島校)が設立される。これ以外にも、同年に中国科学院の傘下に海洋研究所(青島)と南海研究所(広州)が設置されたほか、列国の水路部に相当する人民解放軍海軍司令部航海保障部の海洋研究所(海軍第4研究所)が設立された。
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