民俗学における憑依観
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/30 00:04 UTC 版)
民俗学者の小松和彦は、憑き物がファースの定義による「個人が忘我状態になる」状態を伴わないことや、社会学者I・M・ルイスの「憑依された者に意識がある場合もある」という指摘以外も含まれることから、憑依を、フェティシズムという観念からなる宗教や民間信仰において、マナによる物体への過剰な付着を指すとした。そのため、「ゲームの最中に回ってくる幸運を指すツキ」の範疇まで含まれると定義する。さらに、そのような観点から鑑みるに、日本のいわゆる憑きもの筋は「possession ではなく、過剰さを表す印である stigma」であるとする。また、谷川健一は、「狐憑き」が「スイカツラ」や「トウビョウ」など、蛇を連想させる植物でも言われることから、「蛇信仰の名残」とし、「狐が憑いた」という説明を「後に説明しなおされたもの」と解説している。
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