本館 モリス館とは? わかりやすく解説

本館 モリス館(池袋キャンパス)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 08:57 UTC 版)

立教大学」の記事における「本館 モリス館(池袋キャンパス)」の解説

1918年大正7年)、米国聖公会宣教師アーサー・ラザフォード・モリスが遺した寄付によって建てられ本館1号館)は「モリス館」と呼ばれている。ニューヨークのマーフィー・アンド・ダナ建築事務所によって設計された。かつて米国流行っていたカレッジ・ゴシック様式であり、米国セントルイス・ワシントン大学プリンストン大学でも見ることができる。 創建当初は、中央の時計塔が現在よりも荘厳な3層構造建物で、周囲よりも高層なシンポリックな「塔」であったが、1923年大正12年)の関東大震災で塔の上層が被害受けたため、その後修復する際に1層低い現在の2層構造再建されることとなった屋根再建時にチューダー様式特徴一つであった切妻から寄棟変更された。創建当時の姿である3層構造建物比較すると、アーサー・ロイド学んだ英国ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジクイーンズ・カレッジ建物酷似しており、マーフィー・アンド・ダナ建築事務所設計の際に参考したもの思われる時計塔時計は、南北文字盤親時計動かしている。動力には分銅重り)が使われており、現在も担当者分銅引き上げ作業行っている。当初1週間1度程度行っていたものが、3層構造から2層構造への減築時に塔の高さが短くなったことから、現在の3~4日1度作業となった親時計は、イギリスの国会議事堂付属するビッグ・ベンと同じ、E・デント社製である。大正期において、時計塔立教誇りであり、「自由の塔」と呼ばれていた。 モリス館は2012年耐震補強内装改修が行われたが、3層時計塔「自由の塔」の再建はなされなかった。モリス館は東京都選定歴史的建造物選定されている建物であるが、選定基準にある保存状態について、「外観敷地状況建設当時の状態で保存されているもの」とされていることに加え近年三菱一号館東京駅丸の内駅舎など明治期大正期建物創建当時の姿に蘇らせる復元プロジェクト全国的に進んでいることから、今後立教大学シンボルとして復元される可能性がある。 建設中モリス館(1917年12月19日創建当時モリス館と建物群(1919年頃) 東側面から見た光景 震災直後モリス館(1923年ケンブリッジ大学St John's College Second Court ケンブリッジ大学Queens' College Gatehouse

※この「本館 モリス館(池袋キャンパス)」の解説は、「立教大学」の解説の一部です。
「本館 モリス館(池袋キャンパス)」を含む「立教大学」の記事については、「立教大学」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「本館 モリス館」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「本館 モリス館」の関連用語

本館 モリス館のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



本館 モリス館のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの立教大学 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS