明治時代の橋
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/07 15:18 UTC 版)
初代の橋はいつから架けられていたかは定かではないが、明治時代までに現在の橋よりやや下流側の岩の上の低い位置に橋脚を立て、高欄付きの木製の桁橋が初代の登竜橋として架けられていた。国土地理院の明治43年測図、大正2年4月30日発行の地形図 『1/50000 三峰』にも、現在の橋の架設地点のやや下流側に橋の地図記号が記されている事が分かる。この初代の橋は周辺は渓が深いため、その箇所は橋脚が立てられないことから見かけの支間長を小さくするため、両岸から河道の方向に斜めに方杖を2本立てた橋脚を用いて橋桁を支えていた木造方杖橋であった。この橋は老朽化により1914年架け替えられた。橋の遺構や痕跡は残されていない。
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