明への朝貢を軸とした中継貿易
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/21 02:49 UTC 版)
「琉球の朝貢と冊封の歴史」の記事における「明への朝貢を軸とした中継貿易」の解説
14世紀末から15世紀半ばにかけて、明からの多大な優遇策を受け、琉球は盛んに朝貢貿易を展開する。明初期から琉球の貢物は馬と硫黄が中心であった。その他、明の皇帝に対しての感謝のために送る謝恩使などが持参する朝貢品には、象牙や胡椒、蘇木、錫などといった東南アジアからの品目、刀剣類のような日本産の品物が多く含まれていた。また進貢船に積載する琉球国王名義の交易品にも、胡椒や蘇木、錫といった東南アジア産品が多かった。一方、明から下賜された絹織物や交易で入手した陶磁器、銅銭など中国産品を東南アジア諸国や日本に輸出していた。 琉球は那覇港を拠点として東アジア、東南アジアを又にかけた活発な交易活動に従事した。これは前述のように明の海禁政策の代償として、中国人系の民間貿易従事者が合法的な貿易活動に従事できる場の提供という意味合いが強かった。従って従事者は中国系が中心となり、各地との交易の軸は明への進貢のために朝貢品を入手することを名目として行われた琉球王府公営のものだった。つまり東南アジアからは象牙や胡椒、蘇木、錫、日本からは刀剣類を入手し、朝貢貿易で入手した中国産の絹織物や陶磁器を供給するという中継貿易を公営で行っていた。もちろん刀など日本の産品を琉球を経由して東南アジアに輸出するといった、朝貢貿易の枠に当てはまらない交易も盛んに行われた。この琉球を舞台とした活発な交易活動で活用されたのは明が琉球に下賜した船舶であった。
※この「明への朝貢を軸とした中継貿易」の解説は、「琉球の朝貢と冊封の歴史」の解説の一部です。
「明への朝貢を軸とした中継貿易」を含む「琉球の朝貢と冊封の歴史」の記事については、「琉球の朝貢と冊封の歴史」の概要を参照ください。
- 明への朝貢を軸とした中継貿易のページへのリンク