応用行動分析
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応用行動分析(おうようこうどうぶんせき、英: Applied Behavior Analysis、略称: ABA)は、レスポンデント(古典的)条件づけとオペラント条件づけの原理に基づき、行動を科学的に分析したうえで、その結果を実践に活かして行動を変容させることを目的とした心理学の応用分野である。行動分析学が行動の法則を明らかにすることを主な目的とするのに対し、応用行動分析は、分析に基づく実践を通じて問題解決を図る点に特徴がある。実施にあたっては、対象者の権利と尊厳を尊重するための倫理規定が重視されている[1]。
概要
行動分析学では、行動の原因を「脳や神経系」「性格や能力」「やる気の有無」「愛情不足」といった個人の内部要因に求めることはしない。このような説明は、問題の本質を明らかにせず、個人に責任を転嫁する、「個人攻撃の罠」と呼ばれる。
例えば「お酒をやめられないのは意志が弱いからだ」という説明は、その人を「意志が弱い」とみなす根拠が「お酒をやめられない」という行動そのものであるため、原因を説明したことにはならない。これは循環論にあたり、問題の解決には結びつかない。
行動分析学においては、行動の原因としてまず「現在の環境要因」が最も重視され、次いで「過去の環境要因」が考慮される[2]。
行動の定義
行動分析学における「行動」とは、死人にはできない活動を指す。簡便な判定法として「死人テスト」があり、死んだ人にもできること(受動的な出来事や単なる状態)は行動とはみなされない。たとえば「上司に褒められる」といった受動的な出来事や、「発言しない」「静かにしている」といった否定的・状態的な記述は行動に含まれない。また「怒っている」「楽しんでいる」といった内的状態を表す表現も、行動そのものではない[2]。
行動は大きく、レスポンデント行動とオペラント行動に分けられる。レスポンデント行動とは外界の刺激に対する生得的な反応であり、たとえば食べ物を口に入れたときに唾液が分泌される、ほこりが目に入ったときに涙が出る、といった行動である。これは「行動の前に原因がある」反応として説明される。一方、オペラント行動は自発的な行為とその結果によって形成される行動であり、たとえば電気のスイッチを押した結果として部屋が明るくなる、テスト勉強をした結果として高得点を得る、などがある。これは「行動の結果に原因がある」反応として説明される。
行動には、他者から観察できる「顕在的行動」と、他者からは観察できない「内潜的行動」がある。顕在的行動とは、行動を行っている本人以外の者でも観察や記録が可能な行為を指す。たとえば「怒っている」といった記述は行動ではないが、「母親に向かって叫び、二階に駆け上がり、ドアを閉める」といった行為は、他者から観察でき記録することが可能であるため、顕在的行動とされる。
これに対して、内潜的行動は他者からは観察できず、本人しか観察できない行動であり、「考える」や「思い出す」といった私的な出来事が含まれる。このような内潜的行動は、私的事象とも呼ばれる[3]。
歴史
応用行動分析(ABA)の基盤は、19世紀末から20世紀にかけての行動主義心理学の発展にさかのぼる。
イワン・パブロフは、犬を用いた実験でレスポンデント条件づけのしくみを発見した。食べ物を与えると唾液が出るのは自然な反応であるが、食べ物と同時にメトロノームの音を繰り返し提示すると、やがて音だけで唾液が出るようになった。この現象をパブロフは「条件反射」と呼び、反射的な反応が新しい刺激によっても生じることを示した。
エドワード・ソーンダイクは実験を通して「効果の法則」を発見した。この法則は、行動がよい結果を生むと、その行動は将来も繰り返されやすくなるというものである。ソーンダイクは箱の中にネコを入れ、外にあるエサを手に入れるためにテコを押す実験を行い、ネコが次第に早くテコを押すようになることを示した。
ジョン・B・ワトソンは、1913年に発表した論文「行動主義者から見た心理学」において、心理学の対象を観察可能な行動に限定し、行動が環境事象によって制御されると主張した。彼によって提唱された行動主義は、心理学の方向性を大きく転換させるきっかけとなった。
B.F.スキナーは、レスポンデント条件づけと区別して、行動の結果によってその行動が将来起こりやすくなったり起こりにくくなったりする「オペラント条件づけ」の概念を提唱した。オペラント条件づけでは、報酬や罰といった結果が行動の発生頻度に影響を与えることが示された。スキナーは実験室でこうした行動の仕組みを実証し、さらに『言語行動』などの人間の行動に応用する研究や著作を数多く残し、学問の基盤を築いた。
1950年代以降、多くの研究者が人間を対象に研究や実践を行った。対象は精神疾患、特別支援教育、自己管理法、スポーツ心理学などの分野に広く展開されていった。
1950年にはフレッド・S・ケラーとウィリアム・N・ショーンフェルドが著書『Principles of Psychology』を出版。 1957年にはスキナーとチャールズ・ファースターが強化スケジュールに関する研究を発表。 1968年にはテオドロ・アイロンとネイサン・アズリンがトークンエコノミーを発表した。
手続きの不適切な乱用を防ぐため、国際行動分析学会(ABAI)や行動分析士資格認定協会(BACB)が専門職の資格制度を整備した。認定行動分析士(BCBA)資格の試験や倫理ガイドラインの作成などが行われ、ABAの適正な運用と専門家の育成が推進されている[3]。
基本原理
三項随伴性
オペラント条件づけにおいて行動を理解するための基本的枠組みであり、先行刺激 ─ 行動 ─ 結果事象の三要素から構成される。この分析は先行刺激(Antecedent)・行動(Behavior)・結果事象(Consequence)の頭文字をとってABC分析とも呼ばれる。行動分析学およびそれに基づく行動療法では、この三項随伴性を操作することにより、望ましくない行動の修正や望ましい行動の形成が試みられる。行動に影響を与える刺激のうち、行動の直後に出現し、行動を増加させる好ましい刺激を好子、行動を減少させる好ましくない刺激を嫌子と区別する。
先行刺激には、特定の行動が強化されることを知らせる刺激、弁別刺激(SD)が含まれる。弁別刺激とは、ある行動が報酬や強化を受けやすくなる先行刺激のことである。弁別刺激があるときにだけ行動が起こりやすくなり、行動はその刺激の影響を受ける。日常の例としては、休み時間のチャイムや信号機の色などがあり、チャイムが鳴ると児童は教室を出る、赤信号では止まる、といった行動が弁別刺激によって制御される[3]。
強化とは、行動の直後に結果が生じ、その後の行動の発生頻度が増加することを指す。行動のあとにただちに結果が生じることで、同じ行動が繰り返されやすくなる。このように行動を強める働きをもつ結果事象を「強化子」と呼ぶ。
強化には、結果として好子が与えられる「正の強化」と、嫌子が取り除かれることによって行動が増加する「負の強化」がある。一般的に望ましい行動を増やすためには正の強化が用いられる。
- 正の強化:行動の後に新しく好子(好ましい刺激)が加わることで、その行動が増える場合。例として、宿題を終えると親に褒めてもらえることで、宿題をする行動が増えることなどが挙げられる。
- 負の強化:行動のあとに嫌子(不快な刺激)が取り除かれ、その行動が増える場合。人は嫌なことから逃れようとするため、その行動が続きやすくなる。例として、傘をさすと雨に濡れることを避けられるため、傘をさす行動が繰り返されやすくなる。
弱化とは、ある行動の後に嫌子(望ましくない刺激)が加わったり、好子(望ましい刺激)が取り除かれたりすることで、その行動の頻度が減少する現象を指す。弱化は「罰」とも呼ばれる。弱化には、行動の後に嫌子が加わることで行動が減少する「正の弱化」と、行動の後の好子が取り除かれることで行動が減少する「負の弱化」がある。
- 正の弱化:行動のあとに新しく嫌子が出現し、その行動が減る場合。例として、授業中に大声を出した生徒が教師に叱責され、その後大声を出す頻度が減少したなどが挙げられる。
- 負の弱化:行動のあとに好子が取り除かれ、その行動が減る場合。例として、子どもが友達を叩いたときに遊んでいたゲームを取り上げられ、その後叩く行動が減ったなどが挙げられる。
弱化子とは、行動を減少させる効果をもつ結果事象を指す。すなわち、ある行動の直後に生じ、その後の行動の頻度が低下した場合に、その結果事象は弱化子として機能しているとみなされる。
行動分析学では、弱化は「嫌悪的に見えるかどうか」ではなく、「その行動が実際に減少したかどうか」で判断される。たとえば叱責は一般に嫌悪的に見えるが、叱ったあとに問題行動が減少していなければ、それは弱化子として機能していない。
実際には、叱責によって問題行動が一時的に低下することがあり、そのため親や指導者は「叱ることで行動が改善される」と誤解しやすい。この場合、親や指導者は叱ることで不快感から逃れることができるため、叱責行為が負の強化を受け、叱るという行為が強化されてしまう。しかし、長期的にみると子どもの問題行動が減少せず維持または増加している場合、その叱責は弱化子として機能しておらず、場合によっては正の強化として作用している可能性がある[4]。
弱化の適用には、攻撃性の増加、逃避・回避行動の出現、活動の低下や抑うつ、対人関係の悪化といった副作用が伴うことが報告されている[5]。さらに、弱化を適用する者が、罰を与えることにより不快な刺激から逃れられるという結果が生じるため、その行為自体が負の強化を受ける。このため、弱化手続きは過剰に使用されやすく、不適切に適用される傾向がある。不適切な弱化の適用は、対象者に身体的・心理的な危害を及ぼす危険がある。
また、弱化を受けた個体は強い情動反応を示すことがあり、特に嫌悪刺激から逃れるために攻撃行動が生じる場合がある。この攻撃行動が嫌悪刺激の除去をもたらすと、攻撃行動は負の強化を受けて維持・強化されやすい。加えて、嫌悪刺激を提示する人物に対して近づかなくなる、虚偽の発言をするなどの回避行動が出現することも報告されている。これらの行動もまた、嫌悪的状況からの回避が成立することによって負の強化を受け、持続・強化される。
さらに、対象者の攻撃行動は適用者にとって嫌悪刺激となり、より強い叱責を行うことにつながる。一時的に問題行動が抑制されると、適用者は嫌悪刺激から逃れられるため、この行為自体が負の強化を受け、繰り返されやすくなる。その結果、罰と逃避行動の頻度が双方で増加する。加えて、弱化を受けた者やその場面を目撃した者が、将来的に同様の手続きを使用するようになるといった社会的影響も指摘されている。
これらの理由から、弱化は最後の選択肢であり、特に嫌悪刺激の提示を伴う正の弱化に関しては、「いかなる理由があっても用いるべきではない」とする専門家も多い。一方、負の弱化に分類されるレスポンスコストやタイムアウトといった手続きは、嫌悪刺激の提示を伴わないため比較的受け入れられている。しかし、これらも過剰に用いられたり、不適切に実施された場合には事実上の正の弱化として機能してしまうことがあり、実践においては慎重な運用が求められる。
実践においては、弱化を用いる前に、まず先行子操作、分化強化、消去といった機能的アプローチが優先される。弱化を適用する場合であっても、必ず分化強化と組み合わせ、問題行動の減少と同時に適切な行動の増加を図らなければならない。弱化は対象者の権利を一部制限するものであるため、適用に際しては対象者への十分な説明と同意(インフォームド・コンセント)や安全性の確保が不可欠であり、身体的に傷つけるような方法は決して許容されない[3][6]。
消去とは、これまで強化によって維持されていた行動に対して強化を与えることを中止することによって、その行動の生起率を低下させる手続きである。強化子が撤去される、あるいは提示されなくなることで、行動は次第に減少していく。消去過程では、行動が一時的に増加する「消去バースト」や、新たな問題行動の出現が見られることがある。 消去を実施する際には、以下の現象に留意する必要がある。
- 消去バースト
- 強化を停止すると、直ちに行動が減少するのではなく、一時的に行動の頻度や強度が増加することがある。この一時的悪化を「消去バースト」と呼び、その後、行動は徐々に減少していき、消去される[7]。
- 消去抵抗
- 消去手続きが一貫して実施されず、時折強化が与えられる場合、行動は長期間維持される可能性がある。これは「今度は強化が得られるかもしれない」という不確実性によって行動が持続するものであり、行動の消去が困難になる。
- 自発的回復
- 自発的回復とは、いったん消去された行動が、時間をおいて同じような状況に置かれた際に、一時的に再び出現する現象を指す。自発的回復によって行動が一時的に再出現した場合でも、その行動に対して強化が与えられなければ、行動は再び減少していく。逆に、その行動が再度強化されると、消去の効果は失われ、行動は再び維持されることになる。
消去はしばしば「行動を無視すること」と同義と誤解されるが、実際にはその行動が注目によって強化されている場合に限り、無視が消去手続きとして機能する。例えば、子どもが大声を出した際に周囲が注意を向けることが強化子となっている場合には、無視によってその強化が与えられなくなるため、行動は次第に減少する。一方で、行動が物の入手や活動の回避といった他の強化子によって維持されている場合、単に無視するだけでは消去にならない。
消去手続きは、機能的行動アセスメントによって行動を維持している強化子を特定したうえで実施される。「消去バースト」により本人や周囲に危害が及ぶ可能性がある場合や、手続きを一貫して適用できる保証がないのであれば、消去を安易に使用すべきではない。行動が正の強化を受けている場合には、その行動の直後に正の強化子(注目や物品など)が与えられないようにすることが消去にあたる。一方、行動が負の強化を受けている場合には、その行動の直後に嫌悪的な刺激から逃避・回避できないようにすることが消去となる。
消去を適用する際は、必ず分化強化と併用される。これは、問題行動に対して強化を与えない一方で、代替となる適切な行動に強化を与えることで、同じ強化子を適切な行動を通じて得られるようにするものである。例えば、子どもがお菓子を得るために駄々をこねてもお菓子は与えず、代わりに言葉やカードで要求した場合にのみお菓子を与えるようにすると、駄々をこねる行動は減少し、適切な要求行動が増加する[3]。負の強化を受けている行動に対する分化強化の例としては、子どもが算数の課題を避けようとして大声を出したり机を叩いたりする場合、問題行動が生じても課題を中断させずに続けることで「逃避による強化」を断ち切り(消去)、同時に「適切な行動を通じて休憩を得られる」ように分化強化を行う。例えば、子どもが「休憩したい」と言葉やカードで適切に要求したときは必ず課題を中断して短い休憩を入れる。この手続きによって、問題行動は減少し、適切な行動が増加していく。
動機づけ操作
動機づけ操作とは、特定の行動が起こる確率を一時的に増加または減少させる要因を指す。
動機づけ操作には「確立操作」と「無効操作」の2種類がある。確立操作は、強化子の価値を高め、それを得るための行動が起こりやすくなる効果を持つ。例えば、食物や水を一定期間摂取しない状態では、それらの価値が高まり、食事や飲水といった行動が生じやすくなる。また、経済的に困窮している人にとっては、金銭がより強い強化子として働き、金銭を得ようとする行動の可能性が高くなる。
無効操作は、強化子の価値を下げ、それを得るための行動が起こりにくくなる効果を持つ。例えば、大量に水を飲んだ直後は水の価値が低下し、さらに飲もうとする行動は起こりにくくなる。このように一時的に強化子としての効力が失われる現象は、飽和と呼ばれる[3]。
行動の測定
行動の原因や機能を明らかにするための手続きに、機能的行動アセスメントがある。アセスメントによって、行動が生じる前後の状況や結果を記録し、行動がどのような随伴性によって維持されているのかを分析する。
応用行動分析では、行動の機能は主に「要求」「注目」「逃避・回避」「自動強化(感覚刺激)」に分類される。一つの行動が複数の機能を持つこともある。なかでも「注目」は、問題行動の直後に大人が叱る・注意するといった反応を示す場面が多いため、しばしば原因と誤解されやすい。しかし、直後に注目が与えられたからといって、それが必ずしも行動を維持している強化子であるとは限らない。そのため、正確なデータ収集と分析が必要とされる。
評価方法は、質問紙やインタビューを用いる間接的方法と、実際の行動を観察・記録する直接的方法に分けられる。行動の測定には、ABC記録や頻度、強度、持続時間、潜時(刺激が提示されてから行動が始まるまでの時間)などの指標が用いられる。
こうして集めたデータは、ベースラインと呼ばれる。ベースラインとは、介入(支援や指導)を始める前に、標的となる行動を一定期間記録したもので、後で効果を比べるときの基準になる。研究や実践においては、このベースライン期と介入期を比較して介入の有効性を検証する[8]。
技法
プロンプト
学習者の正しい行動を引き出すために提示される補助的な手がかりのことである。プロンプトは大きく「反応プロンプト」と「刺激プロンプト」に分類される[9]。
反応プロンプト
- 他者の行動によって学習者の正しい行動を誘発する方法である。
- 言語プロンプト:口頭による指示や助言を用いて反応を促す。
- 身振りプロンプト:指差しや合図などの非言語的なジェスチャーを用いる。
- モデルプロンプト:他者が行動を実際にやって見せ、それを学習者が模倣する。
- 身体プロンプト:正しいタイミングで適切な行動を行えるよう、他者が身体的に手助けする。
刺激プロンプト
- 学習者が正しい行動を行いやすくするために、弁別刺激の特徴を変化させたり、他の刺激を追加・除去したりする手法である[3]。
- 刺激内プロンプト:弁別刺激自体の位置、大きさ、形、色などを変化させる方法。例として、野球で打者が打ちやすいボールを投げることが挙げられる。
- 刺激外プロンプト:弁別刺激に手掛かりとなる別の刺激(写真、線、印など)を付加する方法。例として、野球の指導でコーチがホームベースの隣に線を引き、打者が正しい位置に立てるようにすることが挙げられる。
刺激性制御の転移
刺激性制御の転移とは、刺激性制御を人為的なプロンプトから自然な弁別刺激に転移させることで、プロンプトがなくても、適切なタイミングで適切な行動が自発的に生起する状態にすることを指す。「プロンプト・フェイディング」「プロンプト遅延」「刺激フェイディング」に分けられる[3]。
プロンプト・フェイディング
- プロンプト・フェイディングとは、学習者が新しい行動を習得する過程において、反応を引き出すために与えられるプロンプト(手がかり)を段階的に減少させ、最終的にプロンプトなしでも適切な行動が自発的に生起するようにする手法である。
- ここでいう「フェイディング」とは、学習を妨げないようにプロンプトを徐々に弱めたり取り除いたりする過程を指す。フェイディングは、学習者が自立して行動できるようにするための重要な技法の一つとされる。
- プロンプトには言語プロンプト、身体的プロンプトなどがあるが、一般に言語プロンプトは最も抜きにくいとされている。一方で、言語プロンプトは身体的な介入を伴わないため、侵襲性が低いプロンプトであるとも位置づけられる。教育や療育の実践においては、学習者が過度にプロンプトへ依存しないように、プロンプトの使用は最小限にし、早期にフェイディングする。プロンプトを適切にフェイディングせずに使い続けると、学習者が行動を遂行する際に常にプロンプトを必要とする状態、いわゆるプロンプト依存が生じる。そのため、学習者が自発的に適切な行動を維持できるよう、計画的なフェイディング手続きが重要とされる。
- プロンプト内フェイディング:1種類のプロンプトを段階的に減らす手法である。身体プロンプトの場合だと、靴紐を結ぶ際、最初は、教師が子どもの手を完全にガイドして靴ひもを結ばせる(全ての動作を手添えする)。次に、途中の動作までを手を添えて補助し、残りは子どもが自分で行う。最終的に、プロンプトをなくし、子どもが自力で靴ひもを結べるようにする。
- プロンプト階層間フェイディング:複数のプロンプトを段階的に使用して援助を減らす手法で、さらに以下の2種類に分類される。
- 段階的増加型:最も侵襲度の低いプロンプトから開始し、必要に応じて侵襲度の高いプロンプトを追加する手法。(例:言語プロンプト→身振りプロンプト→モデルプロンプト→身体プロンプト)
- 段階的減少型:最も侵襲度の高いプロンプトから開始し、徐々に侵襲度の低いプロンプトに移行する手法。(例:身体プロンプト→モデルプロンプト→身振りプロンプト→言語プロンプト)
プロンプト遅延
- プロンプト遅延とは、弁別刺激の提示とプロンプト提示の間に時間的遅延を設け、学習者が自発的に行動を起こすよう促す手法である。
- 固定型プロンプト遅延
- プロンプトが提示されるまでの時間を一定に設定する方法である。弁別刺激を提示した後、学習者が時間内に自発的な反応を示さなければプロンプトを与える。例として、フラッシュカードで単語を提示し、5秒以内に答えられなかった場合に正答を教える方法がある。
- 漸増型プロンプト遅延
- 初期は短い遅延時間から開始し、段階的にその時間を延長していく方法である。例えば、最初は2秒の遅延から始め、次の段階では4秒、さらに6秒と延長していき、最終的にプロンプトが与えられる前に正答できるように導いていく。
刺激フェイディング
- 刺激フェイディングとは、刺激プロンプトを段階的に取り除き、最終的に自然な弁別刺激によって反応が生起するようにする手法である。
- 刺激内プロンプトのフェイディング
- 弁別刺激自体の特徴を変化させ、徐々に本来の形へと戻す方法。例としては、文字を最初は大きく提示し、徐々に通常の大きさに戻す、投球速度を遅く設定し、徐々に通常の速度に近づけるなどがある。
- 刺激外プロンプトのフェイディング
- 弁別刺激とは別に提示された補助的な刺激を段階的に取り除く方法。例えば、フラッシュカード学習で裏面に答えを書いて提示し、徐々に答えを見ないようにしていき、最終的には問題(弁別刺激)だけを見て正しく反応できるようにする方法などがある。
課題分析
課題分析とは、複雑な行動をより小さな手順に分ける方法である。このときの一つひとつの動きや作業を「行動単位」といい、2つ以上の行動単位が順番につながったものを「行動連鎖」と呼ぶ。
例えば、手洗いという行動は「蛇口をひねる」「手を水でぬらす」「石けんをつける」「手をこすり合わせる」「水ですすぐ」「蛇口を止める」といった小さな行動単位からできている。これらが順番につながって、手洗いというひとつの行動連鎖をつくっている。課題分析は、このような行動連鎖を行動単位に分けるプロセスを指す[10]。
チェイニング
行動連鎖を指導する際に用いられる手続きの一つである。課題を小さなステップに分け(課題分析)、そのステップを順に習得することで一連の行動を習得する[11][12][3]。
- 順行連鎖(Forward Chaining)
- 順行連鎖は、一連の課題の最初のステップから順番に指導していく方法である。例えば、手を洗う動作を教える場合、最初に「蛇口をひねる」をプロンプトで教え、できた段階で強化し、その後「手を水で濡らす」「石けんをつける」「手をこすり合わせる」「水ですすぐ」といったステップを指導していく。このように初めから段階的に積み重ねることで、最終的に「手を清潔に洗い終える」という一連の行動が習得される。
- 逆行連鎖(Backward Chaining)
- 逆行連鎖は、一連の課題の最後のステップから逆順に指導していく方法である。例えば歯磨きを教える場合、初めはプロンプトによって口をゆすぐ直前の状態まで手助けをし、最後の動作である「口をゆすぐ」部分だけを本人に行わせて強化する。その後は「歯ブラシを動かす」+「口をゆすぐ」、さらに「歯ブラシに歯磨き粉をつける」+「歯ブラシを動かす」+「口をゆすぐ」と前のステップを順に追加していくことで学習者が自立的に行える範囲を広げていく。最終的には、最初から最後まで一連の流れを自立して行えるようになる。
- 総課題提示法(Total Task)
- 総課題提示法は、複雑な行動を個々の要素に分けて教える順行連鎖や逆行連鎖とは異なり、課題全体を一つのまとまりとして提示し、最初から最後まで遂行させる方法である。この手法では、必要に応じてプロンプトを用い、段階的に支援を減らす(フェイディング)ことで、最終的に学習者が自立して行動を完了できることを目標とする。特に身体プロンプトを用いる場合には、漸減型ガイダンスがしばしば利用される。これは課題遂行中に学習者の動きを手添えで支援し、正しい反応が見られた時点で手を離し、学習者の動きに沿って「シャドーイング」へと移行する方法である。シャドーイングは援助者の手を学習者の手の近くに置き、必要に応じてすぐに支援を再開できる状態を保つことで、誤反応を防ぎつつ自立的な遂行を促すことを目的としている。例として、スプーンを用いた食事の課題を指導する場合、教師は学習者の手を取り、スプーンを持たせ、食べ物をすくい、口へ運ぶまでの一連の行動を最初から最後まで身体的にガイドする。その後、学習者が正しい動作を示そうとした際には支援を弱めてシャドーイングに移行し、最終的には援助なしでスプーンを使って食事ができるようにする。総課題提示法は、全体を通して援助を行う必要があるため、比較的短く、かつ複雑でない課題の指導に適している。課題が長く複雑な場合には、順行連鎖や逆行連鎖の方が適している。学習者の能力に大きな制限がある場合にも、総課題提示法よりも順行連鎖や逆行連鎖の方が効果的であるとされる。
補助手続き
- 課題分析書
- 行動を小さなステップに分解し、順序立てて文章で記した一覧表である。学習者はこの一覧表を確認しながら課題を進めることができる。たとえば、電化製品を購入したときの「取扱説明書」が課題分析書の一例である。
- 写真プロンプト
- 各ステップを写真やイラストで提示する方法である。例えば手洗いの課題では、「蛇口をひねる」「石けんをつける」「手をこする」「すすぐ」といった場面写真を順に並べることで、学習者は視覚的に手順を把握できる。
- ビデオ・モデリング
- 行動のモデルを映像として提示し、学習者がそれを視聴し模倣する方法である。映像は繰り返し確認できるため、社会的スキルや生活スキルの習得に効果的とされる。
- 自己教示
- 学習者自身が言葉による指示や確認を行う方法である。例えば靴紐を結ぶ際に「輪をつくる」「もう一本を回す」「引っ張る」と自分に言い聞かせながら動作を進める。この手続きは外部からのプロンプトに依存せず、学習者自身が自力でプロンプトを活用する点に特徴がある。
これまで生起していない新しい行動を形成するために用いられる技法である。最初に既存の行動の中から標的行動に近い行動(起点行動)を強化し、その後はより標的行動に近似する行動のみを強化し、それ以前の行動は強化しない。このような分化強化を繰り返すことによって、最終的に新しい行動を獲得させる。
例として、ラットにレバー押しを学習させる際には、レバーのある側に移動する、レバーに近づく、頭を向ける、触れるといった行動を段階的に強化することにより、最終的にレバーを押す行動が形成される[3]。
般化
般化とは、学習された行動が訓練の場面や条件を超えて広がることを指す。つまり、指導したのとは違う人・場所・文脈などでも、その行動が自然に出るようになる現象である。
般化には主に二つの側面がある。一つは刺激般化であり、学習された行動が異なる刺激、例えば人物や場所、物品などに対しても表れる場合を指す。例えば、家庭で「積み木を箱に入れる」ことを習得した幼児が、保育園でも同じように積み木を片づけることができた場合がこれにあたる。もう一つは反応般化であり、学習された行動が似たような別の行動に広がる現象を意味する。たとえば、「積み木を片づける」ことができるようになった幼児が、「絵本を本棚に戻す」あるいは「おもちゃをかごに入れる」といった他の片づけ行動を示す場合である。
般化を促進するためには、般化が生じた際に確実に強化することが重要である。また、指導場面以外の状況で自然に強化が働くよう、自然な強化随伴性に基づいたスキルを指導することも有効とされる[13]。
先行子操作
先行子操作は、望ましい行動を促進し、望ましくない行動を予防するために、行動の先行事象を計画的に操作する手法である。望ましい行動が起きやすい環境や条件を整え、その行動が生起した際には確実に強化を与えることが重要とされる。
先行子操作は、行動介入において第一の選択肢とされる方法であり、次いで分化強化や消去といった手続きが用いられる。これらの方法(先行子操作・分化強化・消去)はいずれも機能的介入法と呼ばれ、弱化を用いなくても、多くの問題行動に対して効果的に対応できることが報告されている。
- 環境調整や選択の機会の保障
- 問題行動を軽減するために、環境を調整したり、本人が活動や課題を自己選択できるようにする方法である。特に、逃避によって維持されている行動に対して有効とされる。具体例としては、騒音により集中できない児童に静かな環境を用意する、感覚刺激グッズを選ぶ、代替的なコミュニケーション方法を教えるなどが挙げられる。課題が難しすぎることで逃避行動が起こっている場合には、課題の内容を調整する、難しい課題の間に簡単な課題を組み込む、課題を小さいステップに分けて提示する、休憩の機会を頻繁に設けるなどの工夫が行われる。また、課題内容が本人にとって魅力的でない場合も、逃避行動が生じやすい。そのため、課題や強化子を本人が選択する、あるいは活動への参加の有無や内容を本人自身が選ぶことによって、問題行動の発生率を低減できるとされる。特に、知的障害のある人は一方的に指示される場面が多く、選択の機会が制限されがちであるため、選択の機会を保障することで問題行動が大幅に減少することが報告されている[14][15]。
- 弁別刺激や手がかりの配置
- 望ましい行動を喚起する刺激を配置する。例として、やることリストや視覚的スケジュールを必ず目に付く場所に掲示する、収納場所に目印をつけておく、あらかじめ買う物のリストを作成する、冷蔵庫に健康的な食べ物のみを置くなどがある。
- 望ましくない行動の弁別刺激の除去
- 望ましくない行動を喚起する刺激を取り除く。例として、テレビのない図書館で勉強する、特定の児童から席を離すなどがある。
- 確立操作の設定
- 強化子の効力を高め、望ましい行動が生起する確率を上げる手続きである。例として、就寝時に眠りやすくするために昼寝を控えることや、指導中にお菓子を強化子として用いる場合に、事前に軽い空腹状態を作ることで課題への取り組みを促進することが挙げられる。
- 無効操作の設定
- 強化子の効力を弱めることで、不適切な行動を減少させる方法。例として、満腹の状態でスーパーへ行くことにより不健康な食品を購入する可能性を下げることや、軽い食事をしてから勉強することで、空腹による集中力の低下を防ぐことなどが挙げられる。
- 反応労力の操作
- 行動に必要な労力を調整することで、その行動の生起確率に影響を与える方法である。望ましい行動については労力を小さくすることで実行しやすくする。例えば、家に教科書を置いておくよりも、常にカバンに入れて持ち歩く方が勉強行動は起きやすくなる。一方で、不適切な行動については反応労力を増大させることで抑制することができる。例として、不健康な食べ物を家に置かず遠くの店まで買いに行かなければならないようにする、ゲーム機やリモコンを手の届きにくい場所や鍵付きの箱に保管する、スマートフォンの利用にパスコードや時間制限アプリを設定するといった方法が挙げられる[3]。
分化強化
分化強化とは、強化と消去の原理を応用し、特定の行動を選択的に強化することによって、望ましい行動を増やし、同時に望ましくない行動を減少させるものである[3]。
- 代替行動分化強化(DRA)
- 代替行動分化強化は、望ましくない行動を強化せず、代替となる適切な行動をした際に強化を与える方法である。
- この方法には2つのタイプがある。1つ目は「非両立行動分化強化」と呼ばれるもので、問題行動と物理的に同時に行うことができない行動を強化する方法である。この場合、二つの行動が同時に生起することはない。例えば、自分の頭を叩く行動を減らすために、手を使った課題に取り組む行動を強化する、といったやり方がある。また、廊下を走る行動を減らすために、廊下を歩く行動を強化することもこの方法にあたる。
- もう1つは「機能的コミュニケーション訓練(FCT)」である。これは、問題行動と同じ機能を持つ適切なコミュニケーションの方法を身につけさせ、それを強化するやり方である。例えば、逃避によって強化されている問題行動に対して、休憩を求めたり拒否を伝えたりする適切なコミュニケーション行動を強化する。
- 他行動分化強化(DRO)
- 他行動分化強化は、特定の問題行動が一定の時間内に出現しなかった場合に強化を与える方法である。ここで強化されるのは特定の行動そのものではなく、「問題行動が起きなかったこと」に対してである。
- 例として、10分間のあいだに授業中の立ち歩きが見られなければ、賞賛やごほうびといった強化子を提示する方法が挙げられる。この際、本人に対して「一定時間内に問題行動を起こさなければ強化子が得られる」というルールをあらかじめ説明することが推奨される。ただし、発達段階や理解度に応じては、ルールを明示せずに自然に強化子が与えられる形で実施される方が有効な場合もある。もし10分以内に問題行動が生起した場合は、新たに10分のインターバルを設定する。次のインターバル終了時に問題行動がなければ強化を与える。こうした手続きを繰り返し、ほぼ全てのインターバルで問題行動を起こさず強化子を得られるようになった段階で、インターバルの長さを徐々に延長していく。最終的には1時間や1日といった長時間のあいだ問題行動が生起しなくなり、この時点でDROの適用は終了する。
- 他行動分化強化には「全インターバルDRO」と「インターバル終了時DRO」の2種類がある。全インターバルDROは、インターバル全体を通じて問題行動が一度も生起しなかった場合に強化子を与える方法であり、問題行動の減少により効果的とされる。一方、インターバル終了時DROは、インターバル終了の瞬間に問題行動が起きていなければ強化子を与える方法であり、全インターバルDROによって得られた行動変化を維持するために有効とされる。また、この方法ではインターバルを通して行動を観察する必要がないという利点がある。
- 低頻度行動分化強化(DRL)
- 問題行動が一定の基準以下の頻度に抑えられた場合に強化を与える方法。行動を完全に消去するのではなく、発生頻度を適度に抑制する目的で用いられる。例として、授業中に頻繁に発言する児童に対して、1時間の授業の中で発言回数が一定の回数以下に抑えられた場合に強化を与える方法が挙げられる。
- 低頻度行動分化強化には主に「全セッションDRL」と「分散反応DRL」の2つの形式がある。全セッションDRLは、セッション全体を通して、反応数があらかじめ定められた基準より少なかった場合に強化子が与えられる。例として、授業時間を1セッションとし「授業中に挙手は3回以下であれば強化子を与える」といった基準を設けるものがある。
- 分散反応DRLは、特定の行動が一定の時間間隔の後に起きた場合にのみ強化することで、行動と行動の間隔が長くなり、結果として行動の回数を減らすことができる。例として、前回の挙手から15分以上経過した後に児童が手を挙げた場合にのみ教師が指名する、といった方法がある。15分経過する前に挙手した場合は指名されず、次に指名されるためには再び15分待たなければならない。このように、早すぎる行動は強化されず、時間のカウントがやり直しになる。
- 他行動分化強化では、インターバル内に問題行動が起こらなかった場合に強化子が与えられる。これに対し、分散反応DRLでは、「前に行動してから一定の時間がたったあとにもう一度行動したとき」に強化子が与えられる。
強化スケジュール
強化スケジュールとは、行動に対して強化子を提示する際のルールやタイミングを指す。すなわち、ある反応に対して「いつ」「どの程度の頻度」で報酬(強化子)が与えられるかを規定する仕組みである。強化スケジュールは大きく連続強化スケジュールと間欠強化スケジュールに分類される。
連続強化スケジュールは、行動が生じるたびに必ず強化子を与える方法である。この方式は、新しい行動を迅速に学習させる際に用いられる。例えば、自動販売機にお金を入れると必ず商品が出てくる場合が該当する。
間欠強化スケジュールは、行動が起きても毎回強化子を与えるのではなく、決められた条件に従って部分的に強化子を与える方法である。この方式は、既に獲得した行動を長期間維持させるために用いられる。間欠強化スケジュールはさらに、行動の回数に基づく「比率スケジュール」と、時間の経過に基づく「間隔スケジュール」に分類される。
- 定率強化スケジュール(Fixed Ratio, FR)
- 決まった回数の行動が行われると、そのたびに報酬(強化子)が与えられる方式である。報酬が与えられるまでの行動回数は固定されており、強化後には短い休止が見られることが多いが、その後は再び高い頻度で行動が続くのが特徴である。
- たとえば、ラットの実験で「レバーを15回押すとエサが1回もらえる」という条件を設定すると、ラットは強化を得るために繰り返しレバー押しを行う。このスケジュールでは、強化が提示された直後に一時的な反応の低下(小休止)が観察され、その後に高頻度の反応が再開される傾向がある。このように、定率強化スケジュールでは「反応のバースト → 小休止 → 再び反応のバースト」というパターンが特徴的に見られる。
- 身近な例としては、工場で「製品を100個作るごとにボーナスがもらえる」場合や、「買い物を5回すると1回無料になるポイントカード」などがある。このスケジュールは、一定の回数の行動を行うごとに必ず報酬が与えられる。そのため、行動は安定して続きやすく、高い反応率を保つことができる。ただし、必要な回数を多く設定しすぎると、行動する側に疲労や飽きが生じ、かえって行動が続きにくくなる可能性がある。したがって、報酬を与える間隔は、行動の持続性や動機づけを考慮して適切に調整することが重視される[16]。
- 変率強化スケジュール(Variable Ratio, VR)
- このスケジュールでは、報酬(強化子)が与えられるまでの回数が毎回異なるが、長期的に見ると平均して一定の回数に収束する仕組みになっている。毎回不規則で強化が与えられるため、強化後の小休止はほとんど見られず、行動は高い頻度で安定して維持される。
- たとえば、VR20スケジュールでは、15回や25回で報酬が与えられる(平均20回)。このため、報酬がいつ得られるかを正確に予測することはできないが、長期的には一定の割合で強化が行われることになる。日常生活では、カジノのスロットマシンが典型例であり、プレイヤーは何回プレイすれば当たりが出るか予測できないが、試行を重ねることで報酬を得る可能性が高まるため、行動が持続する。同様に、スマートフォンゲームの「ガチャ」では、レアアイテムやキャラクターが出現するまでの回数は不規則であるが、長期的には一定の確率に基づいて報酬が得られる。また、SNSにおいても、通知や「いいね」、コメントがいつ現れるか分からないため、ユーザーは繰り返し確認する行動をとる。このように、変率強化スケジュールは不確実性が高いため、行動を持続させやすい特性を持つ。
- 定率強化スケジュールと変率強化スケジュールはいずれも、一定の反応数(行動回数)に基づいて強化子が提示される点で共通している。すなわち、反応数が増えるほど強化を受ける機会も増えるため、行動頻度を高める効果が大きい。このため、両者は行動変容の実践においてよく用いられる強化スケジュールである[17]。
- 定間隔強化スケジュール(Fixed Interval, FI)
- 一定の時間が経過した後、最初の反応が生じたときに強化子が与えられる仕組みである。このスケジュールでは、強化子が提示された直後に反応が一時的に休止し、その後、時間間隔の終了が近づくにつれて反応が再び増加し、強化子が与えられるまで急激に頻度が高まるというパターンがみられる。全体としては比較的低頻度の行動が生じやすい傾向がある。
- 典型例としては、教師が毎週月曜日に小テストを行う場合が挙げられる。学生は週末になると急に学習量を増やし、月曜日にテストを受けて強化を得る。その後はしばらく学習への取り組みが低下し、次のテスト日が近づくと再び行動が増加するというサイクルが繰り返される。
- このスケジュールは反応の停滞が生じやすいため、指導場面で用いられることは少ない[18]。
- 変間隔強化スケジュール(Variable Interval, VI)
- 定間隔強化スケジュールと同様に、一定の時間が経過した後、最初の反応が生じたときに強化子が与えられる仕組みである。ただし、強化までの時間間隔は毎回同じではなく、不規則に変動する。あるときは2分後に強化子が与えられ、別のときは5分後に与えられるといったようにバラバラであるが、長期的に見ると平均して一定の時間間隔ごとに強化が行われる。
- このスケジュールでは、強化がいつ得られるのかを予測できないため、強化直後に行動が止まったり、時間が近づくにつれて急激に行動が増えたりすることは少ない。全体として、低頻度から中程度の安定した反応が維持されることが特徴である。
- 例として、スキナー箱を用いた実験がある。ハトがレバーをつつくと餌が与えられるが、その間隔は2分後、5分後、3分後といったように毎回異なる。この条件下では、ハトは次に強化が提示される時点を予測できないため、全体として安定したペースでレバーをつつき続ける傾向が観察され、特定のタイミングで反応が減少したり急増したりすることはほとんどみられない[19]。
トークン
トークンとは、望ましい行動を強化し、不適切な行動を減少させるために用いられる代理的な強化子である。トークン自体はそれ単独で強化効果を持たず、本人にとって価値のある強化子(バックアップ強化子)と交換可能である点に特徴がある。典型的な例として、シールやチェック印などが挙げられる。トークンが一定数貯まったら、本人が選択した活動や具体的な物品などと交換することができる。
トークンを用いた介入では、あらかじめ標的となる望ましい行動を設定し、その行動が確認された際にトークンを与える。標的行動、交換基準、バックアップ強化子は、視覚的に分かりやすく提示される。
効果を最大化するためには、原則としてトークンとの交換以外の手段ではバックアップ強化子を得られないように設定する。これにより確立操作が働き、強化効果が高まる。また、複数種類のバックアップ強化子を準備することで、飽和を防ぎ、動機づけを維持することができる[3]。
レスポンスコスト
レスポンスコストは、不適切な行動が生じた際に、既に獲得している強化子(報酬、トークン、金銭など)を一定量取り上げることで、その行動の生起頻度を低下させることを目的とした手続きである。負の弱化に分類される。実践においては、対象者への十分な説明と同意が求められる。
適用にあたっては、取り上げる強化子の種類とその量が、問題行動の減少に効果をもたらすものであると同時に、過度であってはならない。没収が一時的なものか恒久的なものかを明確に定め、必要最小限に限定する。
代表的な例には、交通違反に対する罰金や、児童が不適切な行動を示した際に貯めていたトークンを一部没収することなどがある。これらは、当該強化子が対象者にとって価値を持つ場合に有効に機能する。
一方で、身体的健康や安全を損なう強化子(例:食事を与えない等)の没収、不適切行動に比して過大な量の強化子を没収する、対象者が強い愛着を持つものを取り上げる、対象者の基本的人権を侵害する方法、公衆の面前での大げさな実行や屈辱を与える発言といった精神的苦痛を伴う手続きは許容されない。また、叱責や抑圧的態度を伴うといった過度な介入は、レスポンスコストではなく正の弱化として作用してしまうため、倫理的にも不適切とされる。
レスポンスコストの導入に先立っては、まず先行子操作、分化強化、消去といった機能的アプローチを十分に検討・実施することが優先される。また、レスポンスコストは単独で用いるのではなく、トークンエコノミーなどの強化手続きと組み合わせることで、望ましい行動の促進と問題行動の抑制を同時に図ることが推奨されている[3]。
タイムアウト
タイムアウトは、問題となる行動が起きたときに、その人を短時間だけ強化子から離すことで、行動を減少させる方法である。分化強化と併用して実施される。実践上は、本人あるいは保護者への十分な説明と同意が必要とされる。タイムアウトには次の2つのタイプがある。
- 隔離型タイムアウト:問題行動をした人を一時的に別の部屋に移す。
- 非隔離型タイムアウト:同じ教室内にいながら、強化子から一時的に離す方法。例えば、教室で他児が遊んでいるところから離れた椅子に座らせるといったやり方がある。
タイムアウトは、行動が「ほめられる」「遊びを続けられる」などの正の強化によって維持されているときに用いられる。一方で、行動が「嫌なことから逃げられる(逃避)」や感覚刺激といった理由で続いている場合には適用されない。例として、勉強から逃げるために問題行動をした子にタイムアウトをすると、「勉強から逃げられた」という結果によって、かえってその行動が強化される可能性がある。また、自傷や常同行動などが感覚刺激によって強化されている場合、一人になってもタイムアウト中にその行動が続き、行動が強化されてしまう危険性がある。
子どもへの適用が一般的であり、成人への使用は困難とされる。タイムアウトは、通常「タイムアウト室」と呼ばれる強化子のない環境で行われるが、閉鎖せず鍵は使用しない。時間は概ね1~10分程度で設定され、終了後は元の活動場所に戻して通常の活動を再開する。タイムアウト中は叱責や注意を与えず、対象者への注目を避けることが原則である。なお、タイムアウト中に問題行動が再度生じた場合には、10秒から1分程度の延長処置が取られることがある。
自閉症児などの支援現場では「カームダウンエリア」と呼ばれる空間が設けられることがある。これは、子どもが自分で入り、パニックや強い不安が生じたときに気持ちを落ち着かせるための場所であり、罰的な意味合いは持たない。カームダウンはタイムアウトのように行動を弱化させる手続きではなく、情緒の安定や自己調整を支援することを目的としている[3]。
行動契約
行動契約とは、特定の行動を行うことについて契約者と契約管理者の間で取り交わされる合意文書であり、自己管理法の一種とされる。契約には、標的行動の内容、契約の有効期間、行動が達成されたときの報酬、達成されなかった場合のペナルティなどが明示される。契約を文書化し、当事者双方が署名することで、行動の持続性や動機づけを高める効果があるとされる。
行動契約の作成においては、まず標的行動を客観的かつ正確に記述する。標的行動は達成可能な具体的行動である必要があり、例として「1週間で原稿を5ページ書く」「月・水・金曜日に、1回60分の筋力トレーニングと有酸素運動をジムで行う」などが挙げられる。 標的行動の実行は、書いた原稿のページ数や運動中の写真・動画記録、あるいは直接観察など、客観的に確認できる証拠によって裏づけられなければならない。
行動契約の成立には、契約者本人の納得と署名が不可欠である。特に大人と子どもの間では、一方的な押し付けや命令書にならないよう注意される。報酬やペナルティには、トークンシステムやレスポンスコストなどが用いられることもある。契約書には、行動達成時および未達成時の強化・弱化随伴性が明記され、結果が視覚的に確認できる形で示される。最後に、契約者本人が契約内容に納得し、署名することによって契約は正式に成立する。
行動契約の形態には、以下の二種類がある。
- 一方向型契約
- 一方向型契約は、行動契約の一形態であり、主に契約者(自らの行動を変えたいと望む者)の行動に焦点を当てる契約である。契約は契約者と管理者(契約に記された随伴性を実施する者)との間で締結される。
- 典型的な例として、ダイエット契約が挙げられる。契約者が「毎日夕食後、屋外または屋内で歩く行動を連続して30分間行う」といった標的行動を設定し、実行できたときの報酬(例:週末に好きなアイドルの握手会に行く)と、それを守れなかった場合のペナルティ(例:契約違反の事実を家族や友人に公表する)を決める。
- 一方向型契約においては、管理者が一方的に利益を得るような状況(例:契約違反時に契約者が管理者へ金銭を支払う)は避けられるべきである。また、管理者は契約書に記載された随伴性を忠実に実行する責任を負う。
- 双方向型契約
- 双方向型契約とは、当事者双方の行動に関する取り決めであり、互いに望ましいと考える標的行動を設定する点に特徴がある。一方の行動変化が、他方の行動変化に対する強化子として機能するため、当事者間の交渉を円滑に進めるには第三者の介入が推奨される。
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双方向型契約には「交換条件型契約」と「並行型契約」がある。交換条件型契約では、一方の行動変化がもう一方の行動変化に対する強化子となる。例えば、夫婦間の家事分担を例にとると、
- 夫は「1週間のうち2回、庭全体の草刈りを行う」
- 妻はその見返りとして「1週間のうち2回、居間・寝室・廊下を含む家全体の床に掃除機をかける」
- といった形で標的行動を設定する。ここで設定される標的行動は、夫が妻に望む行動と、妻が夫に望む行動であり、両者はそれぞれの行動内容と達成基準に同意し、互いに遂行状況を確認する。しかし、この方法では、一方が標的行動を行わなかった場合に、もう一方も自分の行動を拒否する可能性があるという課題がある。
-
並行型契約では、当事者それぞれが自分の行動変化に関する随伴性を設定し、双方がそれに同意する。
- 夫は「1週間のうち2回、庭全体の草刈りを行う」
- 上記を実行した場合、私は週末に野球観戦に行くことができる。
- 妻は「1週間のうち2回、居間・寝室・廊下を含む家全体の床に掃除機をかける」
- 上記を実行した場合、私は週末に友達とランチに行くことができる。
- という形で、各自の標的行動に対して個別の随伴性が設定される。この方法では、一方が標的行動を行わなかったとしても、それは他方の行動の随伴性に影響しないため、互いの行動は独立して強化される。
行動契約による行動変容効果は、行動分析学でいうルール支配行動によって説明される。ルール支配行動とは、言語によって提示されたルール(行動の結果や随伴性の説明)が、実際に経験していなくても行動を制御する現象である[3]。
関連項目
脚注
出典
- ^ “Ethics Code for Behavior Analysts”. 2025年9月28日閲覧。
- ^ a b 行動分析学入門 杉山尚子著
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 行動変容法 日本語版第2版
- ^ Shira (2019年7月28日). “The Behavioural Definition of Punishment” (英語). How to ABA. 2025年9月6日閲覧。
- ^ Shira (2019年7月28日). “The Behavioural Definition of Punishment” (英語). How to ABA. 2025年9月6日閲覧。
- ^ “心理学ワールド 80号 特集 罰の効果とその問題点─ 罰なき社会をめざす行動分析学 吉野 俊彦(神戸親和女子大学発達教育学部心理学科 教授) | 日本心理学会”. 公益社団法人日本心理学会. 2025年9月27日閲覧。
- ^ “応用行動分析”. 2025年9月6日閲覧。
- ^ Functional Analysis of Problem Behavior - Brian Iwata
- ^ Cooper, John O.; Heron, Timothy E.; Heward, William L. (2020). Applied behavior analysis (Third ed.). Hoboken, NJ: Pearson. p. 404. ISBN 978-0134752556
- ^ Phillips, Cara L.; Vollmer, Timothy R. (March 2012). “Generalized Instruction Following with Pictorial Prompts”. Journal of Applied Behavior Analysis 45 (1): 37–54. doi:10.1901/jaba.2012.45-37. PMC 3297352. PMID 22403448 .
- ^ Principles of Behavior. (2021)
- ^ “A comparison of forward and backward procedures for the acquisition of response chains in humans”. Journal of the Experimental Analysis of Behavior 29 (2): 255–259. (March 1978). doi:10.1901/jeab.1978.29-255. PMC 1332753. PMID 16812053 .
- ^ “ABA in the Classroom”. 2025年9月27日閲覧。
- ^ Doute, Nadesia (2023年11月16日). “5 Antecedent Interventions for ABA Therapy” (英語). Ensora Health. 2025年9月27日閲覧。
- ^ Kemp, Duane C.; Carr, Edward G. (1995-12-01). “Reduction of Severe Problem Behavior in Community Employment Using an Hypothesis-Driven Multicomponent Intervention Approach” (英語). Journal of the Association for Persons with Severe Handicaps 20 (4): 229–247. doi:10.1177/154079699602000401. ISSN 0749-1425 .
- ^ “How Fixed-Reinforcement Schedules Influence Behavior” (英語). Verywell Mind. 2025年9月16日閲覧。
- ^ “Variable-Ratio Schedules for Creating a High Response Rate” (英語). Verywell Mind. 2025年9月16日閲覧。
- ^ “Schedules of Reinforcement in Psychology (Examples)” (英語) (2024年2月2日). 2025年9月16日閲覧。
- ^ “How Do Variable-Interval Schedules Influence Behavior?” (英語). Verywell Mind. 2025年9月17日閲覧。
外部リンク
応用行動分析
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/01/12 23:54 UTC 版)
詳細は「応用行動分析」を参照 応用行動分析に基づく治療において、弱化は児童、特別なニーズ、障害者などの、危険な行動を減少させるために用いられる。それにはヘッドシェイク、噛み付きなどが挙げられる。弱化は自閉症治療の倫理的課題の 1つと考えられており、また行動分析を職業資格化しようとする議論の主要な理由の1つである。行動分析を免許資格化すれば、消費者や家族のための紛争解決委員会の設置が支持されるだろう。
※この「応用行動分析」の解説は、「弱化 (心理学)」の解説の一部です。
「応用行動分析」を含む「弱化 (心理学)」の記事については、「弱化 (心理学)」の概要を参照ください。
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