強姦被害者となる
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/24 05:38 UTC 版)
「ジャンチタ・イーグルディアー」の記事における「強姦被害者となる」の解説
1967年1月14日、15歳だったジャンチタは、学校の校長に、前の晩にジャンクローに強姦されたと訴えた。雇い主であるジャンクロウに、「家まで送ろう」と持ちかけられ、その途上で銃で脅され、車中で強姦されたというのである。 校長はBIA(インディアン管理局)警察に連絡し、興奮状態の彼女を病院に連れて行き、強姦の有無を検査してもらった。BIAエージェントのピーター・ピッチリンが医者と看護婦に聞き取りをしたところ、それは真実らしかった。もうひとりのエージェントのジョン・ペンロッドは判断しかねるという意見だった。ピッチリンは強姦事件として立件できるとBIAに報告したが、白人の上司は乗り気でなかった。 結局、FBI長官のリチャード・ヘルドは事件を不起訴処分とした。 ジャンチタが強姦されたとして訴えたウィリアム・“ビル”・ジャンクロウは、もともとローズバッド保留地の「経済的機会のための事務所」で顧問弁護士を務めた人物で、当時州の検事だった。検事在任中、徹底した反「アメリカインディアン運動」(AIM)の姿勢を隠そうともせず、AIMの中心人物だったデニス・バンクスをことに敵視していた。ジャンクロウは「AIMを黙らせるにはデニス・バンクスを射殺するしかない」と公言し、テレビで「奴の頭に銃弾をぶち込めば、誰もやつに悩まされることはなくなるさ」と言いのけた人物だった。 1974年、ビル・ジャンクロウは、サウスダコタ州の司法長官選挙に立候補したが、この選挙戦で徹底的な反AIMキャンペーンを行った。AIMは個人からの土地の返還は要求していなかったが、「AIMは白人から土地を奪い返すつもりだ」と喧伝し、「自分が司法長官になれば、AIMは一人残らず刑務所に叩きこむ」と公約した。現職のカーミット・サンデ司法長官は、ジャンクロウが1955年にサウスダコタ州ムーディー郡で17歳の少女を強姦した事件を暴いたが、ジャンクロウはこれを否定しようともせず、「最後まではいってない。ほんの前戯だった」と放言してみせた。
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