廃物美術の一般化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/04 13:54 UTC 版)
「ジャンク・アート」の記事における「廃物美術の一般化」の解説
これに対し、第二次世界大戦後の1950年代後半から、欧米各国で廃棄物のかけらを寄せ集めた作品を作る美術家がほぼ同時に現れ、急速に広がった。 アメリカ合衆国ではジョン・チェンバレン(英語版)が廃車の断片を組み合わせて構成した彫刻を作り上げた。ロバート・ラウシェンバーグは新品の既製品の布や機械などと廃物を組み合わせたが、さらにここへ絵具を塗りつけた。彼はこれをコンバイン・ペインティング(アッサンブラージュの上に絵具を塗った絵画・彫刻作品)と呼んだが、絵具を塗ることで新品の既製品も廃物と化してしまうものだった。またルイーズ・ネヴェルソンも箱の中に木切れや捨てられた家具のかけらを寄せ集めて黒く塗り、箱を多数積み上げ体を覆うばかりの大きさに積み上げた彫刻を作った。ジョゼフ・コーネルも、手に乗るサイズの箱に親密な廃物などで小宇宙を作るごく小さな彫刻作品を制作した。特にラウシェンバーグの影響は大きく、戦前のダダイスムに対するネオダダという美術動向の中心とみなされるようになった。 フランスをはじめヨーロッパでも廃物芸術が盛んになった。アルマン(アルマン・フェルナンデス)は廃物の中から同じ種類の、直接人間が手にしたり身につけたりする物を大量に集め、寄せ集めて作品を作った。セザール(セザール・バルダッチーニ)はくず鉄を寄せ集めて溶接した人体彫刻から始まり、廃車をプレス機で圧縮する彫刻を作った。ジャン・ティンゲリーは捨てられた家電や機械の一部などを組み立てて、不器用に動いて音を立てる巨大な機械を製作した。1960年にはニューヨーク近代美術館でそのうちの一台を動かして最後は自ら炎上して崩壊するというパフォーマンスを行った。アルマンやセザール、ティンゲリーは、イヴ・クラインらと共に1960年、ヌーヴォー・レアリスムというグループを立ち上げている。 ジャンク・アートという用語は、1961年にニューヨーク近代美術館で開催された展覧会「TheArt of Assemblage」の際に、イギリスの美術評論家ローレンス・アロウェイ(英語版)によって造られた。ローレンス・アロウェイはポップ・アートの命名者としても知られる。
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