小坂町長時代
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その後、1990年4月に小坂町長に初当選。2009年3月12日まで5期を務める。在任中、財団法人秋田県資源技術開発機構理事、全国鉱山所在市町村協議会会長、秋田県鉱山所在市町村協議会会長、地域経済対策自治体協議会副会長、秋田県市町村職員共済組合理事長、秋田県河川治水協会会長を務める。 1990年の小坂町長就任以来、循環型社会の構築を町の理念として掲げてきた。1997年、世界30ヶ国の鉱山関係者に呼びかけ開催した「世界鉱山サミット」にて、鉱山界が循環型社会の構築にどう貢献できるかをうたった「小坂宣言」を世界に発信。それを転機に、資源・エネルギー・リサイクル・観光・福祉・芸術・文化・教育等の個別具体の政策、施策の実施とともに、それらの成果及び方針を、内外の有識者を巻き込んだ観光フォーラム、環境サミット、エネルギーサミットの開催等により、堅実に積み上げつつ総合的な政策として包括的に実現し、小坂町の活性化を進めてきた。 これらの政策の結果、小坂町は住民所得が増加し、一人当たりの市町村民所得(平成18年度秋田県市町村民経済計算)が県内25市町村で第2位まで上昇した。そして、2007年には、法人税収においても、約4.9倍(対1999年比)にまで増加していく事で、地方交付税等に依存しない自立した財源の確保が可能となった。
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