小坂武雄とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 小坂武雄の意味・解説 

小坂武雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/25 13:01 UTC 版)

小坂 武雄
生年月日 1895年1月23日
出生地 長野県長野市
没年月日 (1971-10-26) 1971年10月26日(76歳没)
死没地 東京都港区
出身校 東京帝国大学法学部卒業
所属政党 日本進歩党
親族 父・小坂善之助
兄・小坂順造
甥:小坂善太郎

選挙区 長野県第1区
当選回数 1回
在任期間 1942年4月30日 - 1945年12月18日
テンプレートを表示

小坂 武雄(こさか たけお、1895年明治28年)1月23日 - 1971年昭和46年)10月26日)は、日本の実業家政治家衆議院議員。小坂財閥小坂善之助の子。

来歴

1895年長野県長野市小坂善之助の息子として生まれる。東京帝国大学法学部卒業後、1924年に兄・小坂順造の経営する信濃毎日新聞社に入社する。1942年に同社社長に就任し、同年の衆議院選挙翼賛政治体制協議会の推薦で長野県第1区から出馬して当選した(所属は翼賛政治会大日本政治会日本進歩党)。戦後、公職追放により社長を辞任するが、1953年に公職追放解除により再び社長に就任、積極経営で同社を発展させた。その後は長野商工会議所会頭などを歴任する。1971年10月26日間質性肺炎のため、入院中の虎の門病院にて76歳で死亡した[1]正四位が追贈されている[2]

係累

脚注

  1. ^ 読売新聞、1971年10月26日付朝刊、P.11
  2. ^ 読売新聞、1971年10月28日付朝刊、P.2
  3. ^ 『閨閥』、320-322頁。
  4. ^ 『閨閥』、320-321頁、323頁。
  5. ^ 『閨閥』、320-321頁、325頁。
  6. ^ 『閨閥』、320-321頁、323-324頁。
  7. ^ 『閨閥』、320-321頁、324頁。
  8. ^ 『閨閥』、320-321頁、326頁。
  9. ^ a b 『現代の系譜 日本を動かす人々』、東京中日新聞出版局、1965、p275

参考文献




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「小坂武雄」の関連用語

小坂武雄のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



小坂武雄のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの小坂武雄 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS