客観的違法論と主観的違法論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 00:42 UTC 版)
「違法性」の記事における「客観的違法論と主観的違法論」の解説
刑法上の違法性の本質について、かつては、客観的違法論と主観的違法論との対立がみられた。古典派刑法学(旧派)の立場からは客観的違法論が、近代派刑法学(新派)の立場からは主観的違法論が支持され、学派の争いの中で盛んに論争が繰り広げられていたのである。 客観的違法論と、主観的違法論とは、法を評価規範と見るか、命令規範と見るかについて、見解を異にする。 客観的違法論(客観主義)は、客観的な評価規範である法規範に、客観的に違反することが違法であるとする立場である。これによれば、責任能力のない者の行為であっても、違法と評価されうることになるし、極論すると、人間以外の動物の行動や自然現象についても、違法との評価を下し得る。 主観的違法論(主観主義)は、行為者に対する命令規範であるところの法規範について、その命令を理解しながら、自らの意思により行動して違反することが違法であるとする立場である。これによれば、責任能力のない者の行為は、違法と評価することができない(当然、人の行為ではない自然現象を違法と評価することはない)。 元来、客観的違法性論は、伝統的学説の見解であったが、19世紀後半から、アドルフ・メルケル(Adolf Merkel)が提唱した主観的違法性論の立場から批判を受け、主観的違法論も支持を集めた。しかしながら、ルドルフ・フォン・イェーリング、メツガー(E.Mezger)らが客観的違法性論の側から反論を試みた結果、主観的違法性論は徐々に支持者を失い、客観的違法性論が支配的見解となった。 この客観的違法性論によれば、刑法規範は、評価規範と決定規範の二つの側面を有し、評価規範への違背が違法であり、決定規範への違背が責任であるとされる。
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