変質・消滅期
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/29 03:54 UTC 版)
室町期には守護による一円支配(守護領国制)が強まっていき、名主の権限は弱まっていった。戦国期に入ると、戦国大名による強固な領国支配(大名領国制)が布かれるようになり、一層、名主の権限は薄まっていった。そして、太閤検地によって名主という地位・権限は実質的に消滅することとなる。 しかし、室町期以来、村落自治が根付いていたこともあって、江戸幕府及び諸大名は、村落にある程度の自治を付与する民政を選択した。村落には指導的な立場として村役人・庄屋がおかれ、旧名主層がその役に就くことも多かった。特に東日本では村落の指導的立場を名主と称する習わしが残り、多くの地域で村役人の筆頭が名主(なぬし)と呼ばれた。また、当時の北海道や樺太および北方領土で庄屋・名主に相当する役職に乙名(おとな)があり、蝦夷(アイヌ)の有力者が松前藩や箱館奉行の行う撫育政策(オムシャ)で任命され、藩や奉行の掟書きを住民に伝達したり、住民や労働力を把握し宗門人別改帳の作成や漁労(夫役)などへの動員に当たった。
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