坂と伝説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/01 14:57 UTC 版)
新鹿町には伝説の残る坂が多い。 因果坂(いんがざか)は飛鳥町小又方面から新鹿町へ下る坂で、段々畑の中にあり、「何の因果でこんなつらい目に遭わなければいけないのか」と嘆きながら人々が往来した急坂である。背負子のことを「インガ」と言い、これを負って農作業に向かったことからインガ坂と命名されたという説もある。因果坂にはきれいな水溜まりがあったが、南北朝時代にここで殺人事件があり血刀を洗ったとの伝説があるため、飲んではいけないと言い伝えられてきた。 逢神坂(おうかみざか)は新鹿町と二木島町を結ぶ坂であり、熊野古道伊勢路の一部である。逢神とは、伊勢の神と熊野の神が出会う場所、またはオオカミが出没する場所という意味である。逢神坂峠の標高は290mで、峠から二木島方面へ進むと更に標高240mの二木島峠がある。この坂は戦国時代に新鹿以南を支配した堀内氏と二木島以北を支配した北畠氏の勢力圏の境界点であったため、永禄の頃に激しい攻防戦が繰り広げられた。この時の伝説にまつわる地として、逢神坂登り口に逃げる敵を追い尻を削ったという「尻けずり」、その上方にあり敵の首をはねたという「ボサ峰」、峠のすぐ近くにあり敵の首をはねた血の付いた刀を洗ったとされる「飲まずの水」がある。「飲まずの水」を飲んでしまうと、腹痛に襲われる、ないしは血を吐くと伝えられている。 おきわ坂は尾鷲市賀田町へ向かう道中にあり、賀田に住んでいた「おきわ」という名の女性にちなむという。おきわは新鹿の男性と恋仲になりこの坂で逢瀬を楽しんでいたが、ある時男性が遅刻してきたため髪をすきながら待っていた。ふと横櫛をくわえて立ち上がると男性がやって来たが、この時男性が目撃したおきわはザンバラ髪の口裂け女で、驚いた男性は火縄銃でおきわを撃ち殺してしまった。これ以降、坂には青い火の玉が夜ごとに現れるようになったといい、道端にはひっそりとおきわを慰める地蔵が置かれた。
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