分布と立地
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/19 09:43 UTC 版)
文献に見える古代日本の市は、平城・平安両京の東西両市の他に、西村眞次があげた15箇所の地方市場があり、東は駿河国、北は越後国、西は備後国の範囲に分布し、大和国を中心に畿内に集中している。中世日本では、豊田武が各種史料より収録した90余箇所の市があり、北は陸前国から南は薩摩国にまで分布している。中世は最も普遍的に市場集落が分布したその全盛時代と言える。 近世日本では、大都市周辺や主要街道筋を中心として、市場商業に加えて店舗商業が発達した。関東以北の地域では引き続き多くの市場町が開設され、取扱商品の種類が多くなるとともに取引範囲が拡大したが、畿内ではすでに衰退期に入った。大藩においては城下町商業保護のため、領内の若干の地のみ市立を許されたが、中以下の藩では市場町の成立を奨励して市場運上などの雑収を期待することが多かった。同一大名治下の本領では市立が厳禁され、飛地では市立が行われた村上藩などの例がある。 近世後期に編纂された武蔵相模両風土記稿の記述によると、江戸から東海道筋にかけて市場の分布を欠く地域があり、その外側にかつて定期市があったが暮市のみ残存する町、さらにその外側に当時盛行していた市場町が分布している。これは、大都市江戸の商業圏に入ったことで小規模な市場商業が成立しなくなったと考えられている。 明治から昭和初期にかけて関東地方の定期市はその大多数が姿を消したが、暮市・正月市・雛市の形で存続しているものがある。昭和中期以後も定期市を継続しているのは千葉県南東部の長生・夷隅地域の数箇所である。茂原の六斎市と勝浦の朝市の景観は、千葉県が平成期に選定した60地区の「ちば文化的景観」に含まれる。
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