内野村 (福岡県早良郡)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/24 13:43 UTC 版)
| うちのむら 内野村 |
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|---|---|
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| 廃止日 | 1955年1月1日 |
| 廃止理由 | 新設合併 入部村、脇山村、内野村 → 早良村 |
| 現在の自治体 | 福岡市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 | |
| 地方 | 九州地方 |
| 都道府県 | 福岡県 |
| 郡 | 早良郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 隣接自治体 | 早良郡入部村、脇山村、金武村、糸島郡怡土村、 佐賀県佐賀郡富士町、神埼郡三瀬村、脊振村 |
| 内野村役場 | |
| 所在地 | 福岡県早良郡内野村 |
| 座標 | 北緯33度29分50秒 東経130度20分25秒 / 北緯33.49731度 東経130.34036度座標: 北緯33度29分50秒 東経130度20分25秒 / 北緯33.49731度 東経130.34036度 |
| ウィキプロジェクト | |
1955年に脇山村・入部村と新設合併し早良村(のち早良町)となったのち、1975年に福岡市へ編入された[1]。現在は早良区の一部となっている。
旧村の名をそのまま町名としているため、福岡市の地名(町丁および大字)として現存している。
地理
沿革
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い早良郡石釜村・西村・曲淵村・内野村、怡土郡飯場村が合併して早良郡内野村が成立。
- 1923年(大正12年)3月1日 - 曲渕ダムが竣工。
- 1955年(昭和30年)1月1日 - 脇山村、入部村と新設合併し早良村となる[2]。同日内野村廃止。
- 1956年(昭和31年)8月1日 - 早良村が町制施行、早良町が発足[2]。
- 1975年(昭和50年)3月1日 - 早良町が福岡市に編入され[1]廃止。同時に旧村域が西区の一部となる。
- 1982年(昭和57年)5月10日 - 西区の3分割に伴い、旧村域は早良区の一部となる。
地域
教育
福岡市編入後の現在も旧村域に高等学校・大学・専門学校は存在しない。
小学校
中学校
名所・旧跡・観光スポット
祭事・催事
交通
空港
鉄道
村内に鉄道は敷設されておらず、駅も設置されていない。鉄道を利用する場合は国鉄西新駅、西鉄西新停留所、西鉄福岡駅、国鉄博多駅まで、自動車か路線バスなど鉄道とは別の交通手段で行かなければならない。
バス路線
道路
三瀬トンネル有料道路は、当時は未開通。
内野村を舞台とした作品
- 米倉斉加年『おとなになれなかった弟たちに…』
- ノンフィクション。作内で主人公一家が疎開する「福岡から南へ二十キロくらい行った、石釜という山あいの村(原文ママ)」は、当村内の石釜地区のことである。
脚注
関連項目
- 内野村_(福岡県早良郡)のページへのリンク