全国的知名度の獲得
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/08/30 18:12 UTC 版)
「エグザイル (アメリカ)」の記事における「全国的知名度の獲得」の解説
1960年代後半から1970年代前半にかけて、バンドは音楽スタイルを変化させていった。1976年にはバンド名を縮めてエグザイルに変更した。この年、イングランドでレコード・プロデューサーとなったオーストラリア人のマイク・チャップマンが、経験豊かなバンドを探しにアメリカ合衆国へやって来た。彼はエグザイルのデモテープを聞き、次のエグザイルのコンサートを訪れた。 チャップマンとエグザイルはコラボレーションを行うことを決め、ワーナー/カーブ・レコードからアルバム『ミクスト・エモーションズ』(Mixed Emotions)を発表した。このアルバムからリリースされた最初のシングルが「キッス・ユー・オール・オーヴァー」であった。このシングルは1978年8月5日にビルボード・チャートのトップ40入りした。その後9月中の4週間にわたってチャート1位を記録し、6ヶ月にわたるベストセラーとなった。 次のシングル、「ユー・スリル・ミー」(You Thrill Me, 同じく『ミクスト・エモーションズ』よりシングルカット)は、前作ほどにヒットはしなかったものの、1週のみトップ40入りしている。バンドは、エアロスミス・ハート・ ボストンといった'70年代後半の著名なポップ・アーティストたちと共に、アメリカ合衆国ばかりでなくヨーロッパやアフリカなどへもツアーを行った。 翌年に収録が行われた、エグザイル2番目のワーナー・ブラザース・レコードからのアルバム『オール・ゼア・イズ』(All There Is)からは、外国(特にヨーロッパや南アフリカ)でヒットしたシングル「ザ・パート・オブ・ユー・ザット・ニーズ・ミー・モスト」(The Part Of You That Needs Me Most)が生まれた。ピーター・コールマンのプロデュースによる第3アルバム『ドント・リーヴ・ミー・ディス・ウェイ』(Don't Leave Me This Way)からは「テイク・ミー・ダウン」(Take Me Down)と「スムース・セイリング」(Smooth Sailing)の2曲がシングルカットされている。これらもまたヨーロッパなどでヒットを飛ばしたものの、アメリカ合衆国におけるエグザイルの知名度は衰えていった。
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