上方3代目
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上方3代目 桂文治(生没年不詳)は、本名、享年とも不詳。 2代目文治の孫弟子に当たる(2代目文治門下の文鳩の門人で、九鳥を名乗る)。江戸3代目文治が襲名した1827年頃以降、江戸3代目を後追いする形で1839年には上方3代目を継いだと見られる。襲名には直弟子でなかった事などから異論や反対も多かった。 京都生まれで、滑稽噺に秀でていたと言われ、初代笑福亭吾竹(あるいは2代目か?)の鳴物入りの芸風に対抗して、素噺で勝負を挑み、両人の似顔人形を寄席の表に出すほどの人気を得たという。 「落語系図」には1846年に追善興行が座摩稲荷座で行なわれており、1843年9月の番付には文治の名があることから一周忌か三周忌の追善で没年の襲名まもなく死去したようである。
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上方3代目
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三代目 桂 藤兵衛(1849年 - 1902年5月31日)は、上方噺家。本名∶元川 傳吉。
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