ヨーロッパのタイル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 05:28 UTC 版)
15-16世紀には、イスラムのクエルダ・セカ様式、クエンカ様式の技術をもつトレド、セビーリャがタイル産地の中心となっていた。しかし、イスラム勢力がイベリア半島から駆逐されるとともにその地位は失われた。また、15世紀にはストーブを装飾するための型押しで作られるレリーフタイルが産業として確立した。このストーブ・タイルと呼ばれる特殊なタイルは他の技法の影響を受けながら今日まで作られ続けている。 ルネサンス期にはファエンツァでマヨリカ焼きから発展したファイアンス焼き(マヨルカウェア)が「ゴシック・フロラル」と呼ばれる様式を確立し、16世紀にはイタリアの諸都市でマヨルカウェアを模したスズ釉のタイルが作られた。ファイアンス焼きは北、中央ヨーロッパにも波及し、17世紀にオランダで白地に青の釉薬で描かれる中国風のモチーフを取り入れたデルフトウェアへと変化した。17世紀のデルフトウェアのタイルは、メダイヨンと呼ばれる縁飾りで中央のモチーフを囲むデザインや、正方形に4枚組むことで成立するコーナー・モチーフが特徴である。18世紀前半には壁画とも言える特注品の大作が幾つも作られている。 デルフト様式はイギリスやフランスにもコピーされ、18世紀前半には技術的にオランダに追いついた。イギリスではブリストルやリヴァプール、ロンドンで盛んに生産された。18世紀後半になるとウェッジウッドなどが開発した新しい粘土素地を使ったクリームウェアによって、デルフトの製陶産業は駆逐されてしまう。その後、ヨーロッパではフランス革命とその後の動乱から、タイルの生産はイギリスも含め各国とも極端に衰微してしまった。
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