ムスリムとスリランカ内戦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/04 02:42 UTC 版)
「スリランカのイスラム教」の記事における「ムスリムとスリランカ内戦」の解説
スリランカ内戦は、政府と、分離主義を標榜する武装勢力タミル・イーラム解放のトラ(LTTE、タミルの虎とも)との間で、1983年から2009年までの26年にわたり展開された紛争であった。この内戦でムスリムがLTTEの標的となり、数万のムスリムが殺害され、数十万人が故郷を追われ、家屋などを破壊された。内戦中の1990年10月、ムスリムは民族浄化の一環として、LTTEにより北部州から放逐されてしまう。 スリランカ北部におけるタミル人単一民族国家建設という目的を果たすため、LTTEが95,000人強のムスリムを北部州から強制的に追放したのである。2002年にはLTTE指導者のヴェルピライ・プラバカランが公式謝罪したものの、ムスリムの間ではこの追放がいまだ苦い記憶として残されている。 しかし、内戦を経てムスリムによる復興は著しい。停戦後、ムスリムによる北部州の州都ジャフナとの往来は活発で、帰郷した家族もあり、再開されたオスマニヤ大学には60名の学生が在籍している。ジャフナのムスリムによると、同地では流動人口で約2,000人のムスリムがおり、そのうち1,500人程度が現地民で残りが他地域出身のムスリム商人という。ムスリムが経営する店が約10軒あり、その数は現在さらに増えていると見られる。
※この「ムスリムとスリランカ内戦」の解説は、「スリランカのイスラム教」の解説の一部です。
「ムスリムとスリランカ内戦」を含む「スリランカのイスラム教」の記事については、「スリランカのイスラム教」の概要を参照ください。
- ムスリムとスリランカ内戦のページへのリンク