マンダ教徒
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/09 06:29 UTC 版)
「マンダ教」も参照 ヨルダン川流域に興り、3世紀頃にイラク南部に移住したマンダ教徒(マンダヤ教徒、マンデ人)をサービア教徒と呼ぶことがある。そもそもクルアーンがサービア教徒という名によって示していたのがマンダ教徒であり、この呼称は正当であるとする見解もあるが、確実な証拠はない。実際にはイスラームによるイラク征服以降に、後述するハッラーンの星辰崇拝者たちと同じく安全保障のためにサービア教徒を称したか、もしくはイスラーム側の誤解によっていつしかサービア教徒と見なされるにいたったものと考えられる。 マンダ教徒は洗礼儀礼を重視し、その教義はユダヤ教やミトラ教とも密接な関係を持つが、グノーシス的な世界観を持つ。地上や人間を創造したプタヒルは下等神であり、モーセ、イエス・キリストやムハンマドは偽預言者であるとされる。洗礼者ヨハネを崇敬するが、これはイスラーム支配下で啓典の民として信仰を認めてもらうために、ヨルダン川と洗礼との縁から付加されたものとされる。マンダ教徒は今日もイラク南部の大湿地帯からアラブ系住民の多いイランのフーゼスターン地方にかけて分布する。現在のイラク情勢に関する文脈で登場するサービア教徒は、おおむねマンダ教徒のことである。
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