ホイストの装飾文様
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/06 08:30 UTC 版)
「ベラルーシの国旗」の記事における「ホイストの装飾文様」の解説
ホイストの部分の装飾の文様は1951年の国旗からあしらわれており、1917年にマトロナ・マルケヴィチによってデザインされた。ベラルーシ土着の植物や花をモチーフとした文様は、ベラルーシで広く使用されている伝統的なデザインである。この文様があしらわれた織物(ルシネーク)は、宗教の祭礼や葬式のような儀式から、来客をもてなす「パンと塩」の場面といった日常的な行事で使われる。 1937年にマトロナ・マルケヴィチの夫は反ソビエトのプロパガンダの罪状で処刑され、マトロナら残された家族も迫害を受けた。オリジナルのルシネークは残っておらず、1937年にNKVDに没収された、あるいは第二次世界大戦で焼失したと考えられている。1951年に白ロシア・ソビエト社会主義共和国の新しい国旗を考案する委員会が組織され、ベラルーシ科学アカデミーの民族学・民間伝承部門の部長であり、マトロナの兄弟であるMikhail Katsarが委員会に参加していた 2015年にポーランドのシャンノ(英語版)にマトロナ・マルケヴィチの記念碑が建てられた。
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