プロ加入前まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/13 08:20 UTC 版)
「ジェイソン・ウィッテン」の記事における「プロ加入前まで」の解説
父親から母親へのドメスティックバイオレンスが酷かったため、11歳のころから祖父の元でテネシー州エリザベストンで育つ。祖父は元々アメリカンフットボールのコーチを務めており、ジェイソンも地元エリザベストン高校に入学と同時にアメリカンフットボールでプレーした。 当時はタイトエンドの他にラインバッカーも務め、自チームを州大会の準決勝まで導いた。高校最終年度にはラインバッカーとして163タックル(高校4年トータルでは450)、9サック、2インターセプト、5つのファンブル誘発を記録し、 同時にAll-America selection, All-State selection, USA Today Player of the Year for Tennessee, East Tennessee Player of the Year, Region Defensive Player of the Year and runner-up for the Mr. Football awardなどを獲得した。 また高校ではバスケットボール部にも所属し1試合平均15得点・12リバウンドを記録しており、バスケットボール選手としても高い能力を発揮していた。 高校卒業後に奨学金を得てテネシー大学に入学し、名門Tennessee Volunteers footballに入部する。最初はディフェンス・エンドとしてプレイしたが、その後タイトエンドに変更となった。2年生時に初めて試合に出場し3レシーブを記録し、その後3年生時には、39回のレシーブで493ヤードを獲得、タイトエンドとしてのレシーブ数とヤード獲得数のチーム記録を塗り替えるとともに、サウスイースタン・カンファレンスのオールチームに選ばれた。 3シーズンで大学のタイトエンド歴代3位となる68回のレシーブで同歴代4位の797ヤードの成績を残し、2003年のNFLドラフトにアーリーエントリーし、ダラス・カウボーイズから3順目全体69番目で指名された。同じ年、トニー・ロモもドラフト外フリーエージェントでカウボーイズに加入した。
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