ツュトリンゲン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/23 05:01 UTC 版)
ツュトリンゲン地区には、アスムシュタット城 (Schloss Assumstadt) がある。名前は、同名の入植地(古くは、アシュマンシュタット(Asmanstat)といった)に由来する。この城は、オーストリアの「女帝」マリア・テレジアから、かつての陸軍砲兵元帥エルリッヒスハウゼン男爵カールに贈られた城である。男爵の家門は1667年から、アスムシュタットに勢力を有していた。この城は、明らかにウィーンのシェーンブルン宮殿を模したと思われる箇所がある。門、暖炉、窓、床の一部は、プラハで製造されたシェーンブルン宮殿のコピーである。この城は、エルリッヒスハウゼン家の子孫からヴァルトブルク=ヴォルフェック伯フーバートに売却され、現在も、この家の所有となっている。 ツュトリンゲン近くのヤクスト川に面した山の斜面に、バロック様式に仕上げられたドーメネック城がある。ドーメネック城の創設は、13世紀にまで遡る。 この他にツュトリンゲンには、1857年に建造されたネオロマネスク様式のプロテスタントの教区教会聖ルカ教会、1874年建造の学校兼旧町役場、1883年建造のカトリックの聖ルカ礼拝堂がある。プロテスタント教会近くの小さな公園に1914年から1918年に戦争で亡くなったこの町の人の名を記し、記念する戦役記念碑が建てられた。1945年以後、第二次世界大戦の犠牲者もこの記念碑に書き加えられた。ツュトリンゲン地区の最もユニークなランドマークは、かつての製糖工場の施設ジーロである。この建物は、この地区の旧市街の大半を見下ろして建っている。 アスムシュタット城 プロテスタントの教区教会と旧町役場 戦役記念碑 ジーロ
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