ソロモン諸島方面における消耗戦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/23 14:30 UTC 版)
「陸上攻撃機」の記事における「ソロモン諸島方面における消耗戦」の解説
ラバウルを初めとする南方方面の諸島への展開するようになると、態勢を立て直して航空戦力も万全だったアメリカ海軍に対し苦戦していった。 1942年8月から本格化したソロモン方面の航空戦に参加した一式陸攻の部隊は6個航空隊に及ぶが、10月までの3ヶ月間に約100機を失うという大損害を喫した。ただし、1943年のレンネル沖海戦では重巡洋艦「シカゴ」の撃沈、駆逐艦「ラ・ヴァレット」を大破させ、ブーゲンビル沖における航空戦では軽巡洋艦「バーミンガム」を損傷させるなど苦戦するなかでも戦果は存在する。 陸攻隊の被害の多さを見た海軍は1943年になると陸攻の防弾装備の強化に乗り出し、空技廠が九六陸攻の頃に研究していた消火装備の増備、防漏ゴムの増厚・増設などを行い一定の効果を見せた。
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