ジェームス・ブラウン、JBズとは? わかりやすく解説

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ジェームス・ブラウン、JBズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/21 08:33 UTC 版)

ブーツィー・コリンズ」の記事における「ジェームス・ブラウン、JBズ」の解説

1970年ジェームス・ブラウンバックバンド、フェイマス・フレイムス (Famous Flames) が待遇改善求めてストライキおこした際、代役としてペースメイカーズが突如呼ばれリハーサルもなしにステージに立つこととなった難なくこなしたブーツィーフェルプスらは、1971年までの間、ジェームス・ブラウンバックバンドJBズとしてジェームス・ブラウン活動をともにし、ファンクソウルミュージック界の中心に立つこととなったJBズオリジナルメンバーは、ブーツィーフェルプス・"キャットフィッシュ"・コリンズ、ボビー・バード(オルガン)、ジョン・スタークスドラム)、ジョニー・グリッグス(パーカッション)、ロバート・マッカラウ(テナーサックス)、クレイトン・"チキン"・ガネルズ(トランペット)、ダリー・"ハッサン"・ジャミソン(トランペット)。 それまでリズム隊メインドラムリズムギター、およびホーンで、ベースハーモニー低音であったに対してブーツィー加入により、ベース一躍リズム隊メイン躍り出たジェームス・ブラウンブーツィーベースことのほか気に入りブーツィーを常にそばにおき、移動の時も(バンドツアーバスではなくプライベートジェット機に一緒に乗せていくほどだったという。ブーツィー在籍時代に、ジェームス・ブラウンは「セックス・マシーン」(1970)、「スーパーバッド」(1970)、「ソウル・パワー」(1971) などの大ヒット曲を多く生み出した。 しかし、LSD等の薬物使用のため、ブーツィーステージにあってもたびたび幻覚をみるようになった1971年ある日自分ベース見えたブーツィー演奏止めてステージから逃げ出してしまい、ジェームス・ブラウン解雇された。ブーツィーも、規律厳しジェームス・ブラウンのもとで仕事続けていくのが、きつく感じられていたときであったブーツィータキシード着てバック徹しなければならないJBズではなくサイケデリック・ロック含んだ音楽ジミ・ヘンドリックスのようなサウンドビジュアルライブがやりたかったであった1960年代後半ジミ・ヘンドリックス革新的なギタースタイル黒人による新しロック・ミュージック作り出し、またサイケデリックムーヴメントがブラックミュージックにも押し寄せスライ&ザ・ファミリー・ストーンロックソウルファンク合わせて演奏していた時代であった

※この「ジェームス・ブラウン、JBズ」の解説は、「ブーツィー・コリンズ」の解説の一部です。
「ジェームス・ブラウン、JBズ」を含む「ブーツィー・コリンズ」の記事については、「ブーツィー・コリンズ」の概要を参照ください。

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