ジアゾニウム塩
ジアゾニウム化合物

ジアゾニウム化合物(ジアゾニウムかごうぶつ、diazonium compound)は分子内に置換基 −N+≡N を含む有機窒素化合物である。一価のモノカチオン性置換基 −N+≡N をジアゾニオ基 (diazonio)、R−N+≡N と表されるカチオンをジアゾニウムイオン (diazonium ion)、ジアゾニウムイオンを含む塩のことをジアゾニウム塩と呼ぶ。
ジアゾ化(ジアゾか、diazotization)とは、一級アミンに亜硝酸 (HNO2) または亜硝酸エステル (RONO) などを作用させ、対応するジアゾニウム化合物を得る反応である。広義には、ジアゾニウム化合物を経由する各種合成反応も含む。
ジアゾニウム塩の生成と分解 亜硝酸による反応の活性種は N2O3 で、アミンと付加してできる中間体 R−N+H2−N=O から脱水してジアゾニウムイオンに変わるものと考えられている[1]。
共鳴効果による安定化の寄与を持つ芳香族ジアゾニウム塩はある程度安定で、カウンターアニオンを適切に選択すれば固体として単離することも可能である。一般には HSO4− < Cl− < NO3− < ClO4− の順に安定であると言われている。しかし、芳香族ジアゾニウム塩であっても乾燥、加熱、日光下では N2 ガスを放出して分解し、大量の場合は爆発することもある(図ではイオン機構で分解するように表現したが、ラジカル機構による場合もある)。テトラフルオロホウ酸塩やヘキサフルオロリン酸塩は比較的安定で単離して取り扱うことができ、後者は市販品が入手可能である。ヘキサクロロ白金(IV)酸アニオンとは塩 [PtCl6](ArN2)2 を形成する。しかし通常はジアゾニウム化合物を保存して用いる手法はとられず、もっぱら上記のジアゾ化反応により系中で発生させる。
芳香環が単純なジアゾニウム塩は水に溶けやすく、アルコールに難溶、エーテルにはほとんど溶けない。芳香族ジアゾニウムイオンは酸性水溶液ではジアゾニウムとして存在するが、水酸化アルカリ MOH とはジアゾタート M+[Ar−N=N−O−] を形成する。芳香族ジアゾタートは2つの異性体を持ち、加温により n-体(ノルマル体、直鎖状)から iso-体(イソ体、枝分かれ構造の一種)へと変化する。 芳香族ジアゾタートは無機酸により芳香族ジアゾニウム塩へ戻る。
芳香族ジアゾニウムイオンはまた、シアン化カリウムと反応するとジアゾシアニド ArN=NCN を生成し、亜硫酸水素カリウムと反応するとジアゾスルホナート ArN=NSO3− K+を生成する。ジアゾシアニドもジアゾスルホナートも n-体と iso-体との異性体が存在する[2]。
脂肪族のジアゾニウム塩は容易に置換反応や脱離反応を起こすため、単離されることはほとんどない。デミヤノフ転位や、ジアゾメタンによるカルボン酸のメチル化などにおいて、活性の高い反応中間体として現れる。
ジアゾニオ基の性質
ジアゾニオ基は電子求引性と求核置換反応における脱離性が非常に強い。電子求引性を評価するハメットのρ値は ρm = 1.76、ρp = 1.91 と求められており[3]、この値はニトロ基などの代表的な電子求引基よりもはるかに高い。脱離性が高いのは脱離後に生じる窒素分子 (N2) の生成がエントロピー的にもエンタルピー的にも非常に有利なためである。これらの性質により、ジアゾニウム化合物は以下のようなさまざまな合成反応に利用される。
ジアゾニウム塩の反応
芳香族ジアゾニウム塩は有機溶媒に難溶な場合が多く、もっぱら水溶液中でジアゾ化反応が実施される。その場合不安定なジアゾニウム塩が分解すると速やかに溶媒の水と反応し、元のアミノ基の位置で置換したフェノール化合物が得られる場合が多い。この反応はSN1的であり、他のジアゾニウム塩を用いた反応の副反応となる場合が多い。これを防ぐため、濃硫酸中でジアゾ化を行うことがある。脂肪族ジアゾニウム塩は水に対してきわめて不安定で、SN2的な求核置換反応により直ちにアルコールと窒素に分解する。