サオ・シュエタイッとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > サオ・シュエタイッの意味・解説 

サオ・シュエタイッ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/23 21:04 UTC 版)


サオ・シュエタイッ
Sao Shwe Thaik

シャン語: ၸဝ်ႈၶမ်းသိူၵ်ႈ
ビルマ語: စဝ်ရွှေသိုက်



任期 1948年1月4日1952年3月16日
首相 ウー・ヌ

出生 1895年10月16日
イギリス領インド帝国ビルマ州ヤウンウェ英語版
死去 (1962-11-21) 1962年11月21日(67歳没)
ビルマ連邦ラングーン
政党 反ファシスト人民自由連盟
出身校 シャン首長学校(Shan Chiefs School)

サオ・シュエタイッシャン語: ၸဝ်ႈၶမ်းသိူၵ်ႈ, Tsaw³ Kham⁴soek³; ビルマ語: စဝ်ရွှေသိုက်, ビルマ語発音: [saʔ ʃwè θaiʔ]1896年10月16日 - 1962年11月21日)は、ビルマ(ミャンマー)の首長政治家である。ビルマ東北部・シャン州ヤウンウェ英語版の最後のツァオパー英語版(伝統的首長)であり、正式な全名はKambawsarahta Thiri Pawaramahawuntha Thudamaraza[1]ビルマ連邦初代大統領を務めた。1962年ビルマ軍によるクーデターによりその地位を失い、獄死した。

なお、「サオ」はシャン族の王族に対する敬称であり、彼の正しい名前は「シュエタイッ」である。

経歴

1896年10月16日に生まれ、タウンジーのシャン首長学校に通う。第一次世界大戦中にイギリス軍に入隊し、1920年から1923年までの間は北東辺境軍務(Northeast Frontier Service)に従事した。1929年に父のサオ・マウン(Sao Maung)の死を受け、ツァオパーの座を受け継ぐ。また、1939年から1942年まで、再び軍務に就いた[1]1946年3月におこなわれた第一次パンロン会議を経て、統一ビルマ文化協会(英語: United Burma Cultural Society)の会長に就任する[2]

また、1946年11月にはAFPFLの働きかけにより、組織された、統一丘陵民族評議会(英語: Council of the United Hills Peoples)の議長となった[3]

1948年に成立したビルマ連邦の初代大統領となるが、この地位は象徴的なものにとどまり、実権は首相であるウー・ヌが握った[4]。1952年に大統領職を退いたのち、民族議会英語版の議長となった[1]

1960年、サオ・シュエタイッをはじめとするシャンのツァオパーは、ビルマ連邦の政治体系は実際の連邦制とはほど遠いものであることを主張し、①ビルマ人のための「ビルマ州」の設置、②国会上院議席への各州の同数割当て、③中央政府の権限を外交や国防などに限定すること といった要求をおこなった[5]

しかし、この提案は軍部の怒りを買い、1962年3月2日、ビルマ軍のネ・ウィンによるクーデターがおこった。これにより、サオ・シュエタイッは逮捕された[6]。また、当時11歳だったサオ・シュエタイッの息子のひとりが軍部に射殺された[7]。サオ・シュエタイッは、1962年11月21日に獄中で死亡した[1]

出典

  1. ^ a b c d SAO SHWE THAIK: In Memory Of An Outstanding Shan Statesman” (英語). Burma News International. 2023年11月7日閲覧。
  2. ^ Smith 1991, pp. 73–74.
  3. ^ Smith 1991, p. 74.
  4. ^ 根本 2014, p. 3326.
  5. ^ 五十嵐 2015, p. 162.
  6. ^ Lintner 1985, p. 416.
  7. ^ 根本 2014, p. 3580.

参考文献

公職
先代
ヒューバート・ランス英語版
英領ビルマ総督英語版
ビルマ連邦大統領
初代:1948年 - 1952年
次代
バー・ウ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  サオ・シュエタイッのページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「サオ・シュエタイッ」の関連用語

サオ・シュエタイッのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



サオ・シュエタイッのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのサオ・シュエタイッ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS