サウスジョージア島上陸
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 04:51 UTC 版)
「フォークランド紛争」の記事における「サウスジョージア島上陸」の解説
詳細は「サウスジョージア侵攻#不穏な動き」を参照 3月19日にアルゼンチンのくず鉄回収業者、コンスタンティノ・ダヴィドフ(Constantino Davidoff)はアルゼンチン海軍の輸送艦「バイア・ブエン・スセソ」(ARA Bahaia Buen Suceso)によってサウス・ジョージア島のクリトビケンに上陸した。これは旧捕鯨施設解体のためであり、この解体自体はイギリス政府との契約に基づくものであったが、上陸のための事前許可をサウスジョージア民政府から得ていなかったうえに、作業員のなかにアルゼンチン軍人が紛れ込んでおり、上陸すると、アルゼンチン国旗を掲げた施設を設置し始めた。イギリス外務・英連邦省はアルゼンチン外務省に抗議するとともに、氷海警備船「エンデュアランス」に海兵隊員22名と軍用ヘリ「ワスプ」2機を乗せて同島海域に派遣したが、これに対抗して、アルゼンチン海軍もコルベット2隻を派遣した。アルゼンチン側の強硬姿勢に驚いたイギリス側は、偶発的な衝突を避けるため、「エンデュアランス」をサウスジョージア島沖に待機させ、状況を監視させた。イギリス側は、戦闘行為がフォークランド諸島にまで飛び火することを恐れており、問題の範囲をサウスジョージア島に留めておきたいと考えていたが、アルゼンチン側を抑止するのか撃退するかという根本的な方針を定めないまま「エンデュアランス」を派遣したために、対応が中途半端となり、かえって危機を悪化させてしまった。 3月23日にイギリスは危機の収束のためには譲歩もやむなしとして、サウスジョージア島からアルゼンチン軍部隊が速やかに退去すれば外交交渉で妥協する用意があることを緊急に伝えた。しかしこの譲歩は既に手遅れであった。同日、アルゼンチン側の軍事評議会において、サウスジョージア島から部隊を撤収させないということが決定されてしまっており、その上で部隊を撤収させた場合はイギリス側の恫喝に屈したことになるため、強硬派のガルチェリ大統領にとって、もはや受け入れがたい選択となっていた。 3月26日にアルゼンチンのコスタ=メンデス外相は、サウスジョージア島に上陸したアルゼンチン人同胞の保護のために海軍砕氷艦「バイア・パライソ」(ARA Bahia Paraiso)を同地に派遣しており、必要に応じてあらゆる措置を講ずる用意がある由を発表した。同艦から海兵隊員がサウスジョージア島リース港に上陸するに及んで、イギリス側も、外交的手段による状況の打開が極めて困難になっているということを、ようやく理解した。
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