エクフラシスとは? わかりやすく解説

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エクフラシス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/24 18:30 UTC 版)

エクフラシスまたはエクプラシス (古希: ἔκφρασις, ekphrasis) は、西洋文学の用語で、絵画彫刻建築といった視覚芸術を文章で描写する行為を指す[1]。代表例として『イリアス』における「アキレウスの盾」の描写や、『エイコネス』がある。

解説

「エクフラシス」の語源は、古代ギリシア語で「~から外へ」を意味する前置詞「エク」(ἐκ) に、「明らかにする、宣言する、発話する」を意味する動詞「フラゼイン」(プラゼイン, φράζειν) をあわせた複合語であり、原義は「はっきり述べる」である[2]

本来は文学用語でなく、古代ギリシア・ローマ修辞学(弁論術)の用語で[3]、芸術に限らず、人物・出来事・場所・気象・戦争・時間経過など、あらゆる事物を文章で描写する行為を指した[4][2]。具体的には、修辞学の基礎教科(プロギュムナスマタ英語版)の一つとして、弁論の練習を目的に、「主題を眼前に生き生きと描き出す言論[5]」を指した。そして、エクフラシスの読み手・聴き手が感じる「迫真性」すなわち臨場感や鳥肌を、「エナルゲイアフランス語版」といった[4][2]

近代以降、「エクフラシス」という言葉が修辞学から離れて独り歩きし、芸術を文章で描写する行為を指すようになった[2]。現代の専門家のあいだでも、定義が曖昧である[6]

歴史

アキレウスの盾

文学

文学用語のエクフラシスの例に以下がある。

修辞学

修辞学用語のエクフラシスの例は、ローマ帝国期のギリシア語弁論家[33]すなわち第二次ソフィスト[8]の作品に主に見られる。とくに、テオン英語版ヘルモゲネス英語版メナンドロス英語版アプトニオス英語版リバニオスらがそれぞれに書いた、プロギュムナスマタの教科書で言及された[34][3]

彼ら第二次ソフィストも、上記の「アキレウスの盾」をエクフラシスの模範としていた[34][8]。第二次ソフィストのエクフラシスの手法は、東ローマ帝国期のビザンティン文学に継承された[35]

なお、ローマ帝国期のラテン語弁論家の作品においてエクフラシスが言及されることは無かったが[36]中世初期プリスキアヌスによって「デスクリプティオ」(羅: descriptio) と訳されラテン中世に伝えられた[37]

両方

文学用語と修辞学用語の両方にあたるエクフラシス、すなわち、弁論家が視覚芸術を描写した作品も存在する。例として、ルキアノスによるアペレス画『誹謗』の描写[38]、ルキアノス『お傭い教師』[39]大ピロストラトス小ピロストラトスエイコネス』が挙げられる。この『エイコネス』がエクフラシスの代表例とされることもある[9][38][40]

ルネサンス期

ルネサンス期には、古代のエクフラシス作品で語られた絵画を再現した絵画が作られた[41]。例として、ティツィアーノ画『ヴィーナスへの奉献[41]バッカスとアリアドネ[17]ボッティチェッリ画『誹謗[41]などがある。

音楽学

「絵画などを音楽化した作品」をエクフラシスと呼ぶ用法もある[42][43]。この用法は音楽学者ジークリント・ブルーン英語版が2000年に提唱した[43]

例として、ムソルグスキー展覧会の絵』、ドビュッシー』第1楽章[43]ラフマニノフ死の島』、カロル・シマノフスキ『メトープ』[42]キング・クリムゾンのアルバム『暗黒の世界』所収のR・P・ジェイムス作詞『夜を支配する人』(レンブラント画『夜警』の音楽化)などがある。

関連項目

脚注

  1. ^ a b c 渡辺 2014, p. 7.
  2. ^ a b c d e 桑木野 2018, p. 23ff.
  3. ^ a b 五之治 1996, p. 80.
  4. ^ a b 渡辺 2014, p. 10.
  5. ^ 渡辺 2014, p. 9.
  6. ^ 長谷川 2002, 要旨.
  7. ^ 水島 2019.
  8. ^ a b c 吉田 1999, p. 17.
  9. ^ a b 鈴木 2006, p. 56.
  10. ^ 井面 2008, p. 2.
  11. ^ a b c 逸身 2018, p. 113f.
  12. ^ a b 中務哲郎 訳『ヘシオドス 全作品』京都大学学術出版会〈西洋古典叢書〉、2013年。ISBN 9784876982806 489頁。
  13. ^ 秋山 2007, p. 61.
  14. ^ 逸身 2018, p. 299.
  15. ^ 藤沢桜子「古代ローマ邸宅の美術と教養 : 『サテュリコン』主人公エンコルピウスによる神話画の鑑賞から」『群馬県立女子大学紀要』41、群馬県立女子大学、2020年。 CRID 1050569247293528320。157頁。
  16. ^ 渡辺 2018, p. 1.
  17. ^ a b 逸身 2018, p. 166-169.
  18. ^ 沓掛 2017, 第1章.
  19. ^ 益田朋幸ビザンティン聖堂装飾における中軸の図像」『エクフラシス : ヨーロッパ文化研究』2、早稲田大学ヨーロッパ中世・ルネサンス研究所、58-78頁、2012年。60頁。
  20. ^ 西村 2005, p. 4.
  21. ^ 松村 2002, p. 71.
  22. ^ 西村 2005, p. 5-7.
  23. ^ 井面 2008, p. 4ff.
  24. ^ Alpers, Svetlana Leontief (1960), “Ekphrasis and Aesthetic Attitudes in Vasari’s Lives”, Journal of the Warburg and Courtauld Institutes (The Warburg Institute) 23 (3/4): 190-215, https://doi.org/10.2307/750591 
  25. ^ 林 2004, p. 96.
  26. ^ 鈴木 2006, p. 60.
  27. ^ 鈴木 2006, p. 63.
  28. ^ 鈴木 2006, p. 65.
  29. ^ 原田 2003, p. 83.
  30. ^ ヴィクトル・I.ストイキツァ著、岡田温司監訳『絵画をいかに味わうか』平凡社、2010。ISBN 9784582206371。146頁。
  31. ^ 松村 2002.
  32. ^ 吉田 1999.
  33. ^ 五之治 1996, p. 87-93.
  34. ^ a b 渡辺 2014, p. 9-12.
  35. ^ 橘 1999, p. 12.
  36. ^ 五之治 1996, p. 82-86.
  37. ^ 五之治 1996, p. 94.
  38. ^ a b 西村 2005, p. 1.
  39. ^ 渡辺 2014, p. 12f.
  40. ^ 渡辺 2014, p. 13.
  41. ^ a b c 西村 2005, p. 7.
  42. ^ a b 今井 2020.
  43. ^ a b c 沼野 2022, p. 73.

参考文献




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