アルス・ボラトとは? わかりやすく解説

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アルス・ボラト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/22 06:47 UTC 版)

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アルス・ボラトモンゴル語: Арсболд中国語: 阿爾蘇博羅特1487年 - ?[1])とは、モンゴルハーンであるバト・モンケ(ダヤン・ハーン)の息子の一人。アルス・ボラト・メルゲン・ホンタイジとも記され、7トゥメト(Doloγan Tümed)を相続した。明代の漢文史料での表記は「我折黄台吉」。

概要

ダヤン・ハーンとその正妻マンドフイ・ハトンの間の息子として生まれた。ダヤン・ハーンの四男と見られ、『アルタン・トプチ』ではバルス・ボラトと双子で生まれたとも記される[2]

多くの史料ではダヤン・ハーンの死後、その後継者とされたボディ・アラク(ダヤン・ハーンの長子トロ・ボラトの息子)が幼年であることを理由にバルス・ボラトがハーン位を簒奪したことが記されているが、一部の史料ではアルス・ボラトこそが簒奪者であると記されている。『恒河の流れ』、『アルタン・クルドゥン』、『ボロル・エリケ』といったモンゴル語史料はバルス・ボラトが一時ハーン位に即いたのはダヤン・ハーンの遺言に基づいた合法的な行為であり、その死後ハーン位を得ようとしたアルス・ボラトに諸侯が反発し、改めてボディ・アラクがハーンとなったと記す。ただ、これらの史料は比較的後代に書かれたものが多いため、その信憑性については疑問視されている[3]

アルス・ボラトはダヤン・ハーンより7トゥメト(ドローン・トゥメト)を分封されている。7トゥメトはマルコルギス・ハーンを弑逆したドガラン・タイジの所属する部として史書に現れ、後にマンドゥールン・ハーンがドガラン・タイジを殺して7トゥメトを征服した。後に7トゥメトはアルタン・ハーンの勢力下に入ったようであるが、「7トゥメト」自体はアルス・ボラトの子孫が領有し続けた[4]

子孫

  • ブジゲル・タイジ(不只克児台吉) - アルス・ボラトの長男
    • ダユン・ホンタイジ(歹稚黄台吉) - ブジゲル・タイジの長男
    • メルゲン・タイジ(麦力艮台吉) - ブジゲル・タイジの次男
    • ジョリクト・タイジ(着力兎歹成台吉) - ブジゲル・タイジの三男
    • クゥドゥン・フルチ・ノヤン(火落赤台吉) - ブジゲル・タイジの四男
  • オヌン・タイジ(五乎嚢台吉) - アルス・ボラトの次男
    • ボルグチン・タイジ(不禄慎台吉) - オヌン・タイジの長男
    • ケチェグゥ・センゲ・タイジ(克籌台吉) - オヌン・タイジの次男

[5]

脚注

  1. ^ 『蒙古源流』の記載に拠る(岡田2004,239頁)
  2. ^ モンゴル語史料の記述に従えば、マンドフイ・ハトンは3組もしくは4組の双子を続けて出産したことになるため、双子で生まれたというのは疑問視されている(森川1988,2頁)
  3. ^ 森川1988,13-16頁
  4. ^ 漢文史料では「多羅土悶(ドローン・トゥメト)」がアルタン・ハーンの領有する「営」の一つとして挙げられている。一方で、我折黄台吉(アルス・ボラト)の子孫の「営名」も「多羅土蛮(ドローン・トゥメト)」と記されている(森川1977,532頁)
  5. ^ 井上2002,554-555頁

参考文献

  • 井上治『ホトクタイ=セチェン=ホンタイジの研究』風間書房、2002年
  • 岡田英弘訳注『蒙古源流』刀水書房、2004年
  • 森川哲雄「トゥメト・十二オトク考」『江上波夫教授古稀記念論集 歴史篇』山川出版社、1977年
  • 森川哲雄「Barsu boladの事蹟」『歴史学・地理学年報』12号、1988年
  • 吉田順一『アルタン・ハーン伝訳注』風間書房、1998年



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